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「おごられる 嫌だ」「感情移入し過ぎる つらい」 若者が“感情”を検索する深い理由前編(3/3 ページ)

» 2024年07月24日 08時00分 公開
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情報環境や価値観の変化が影響か

個人の感情がWeb世界にアップされているという事実

 今は、膨大な個人の感情がネット上にアップされていて、簡単に検索することが出来ます。SNSやネット掲示板、noteなどのブログには、さまざまな境遇の人が自分を取り巻く状況を事細かにまとめているものや、繊細な感情を見事に言語化したものであふれています。人の感情に関する大抵のことはネット上にアップされているからこそ、検索する意味がある。検索したくなるということです。

「個性を大事にし、多様性を尊重すること」の骨肉化

 一人一人の個性を大事にすることや、多様性を尊重すること。こうしたことは昔から言われていることではありますが、特に今の若者たちは、非常に深いところでこうした価値観を理解して、大切にしている人が多いと感じています。こうした価値観が本当に重要なのだということを「骨肉化」という強いキーワードで表現しました。

 例えば「同性婚を認めるべきか?」という質問に関しては、若い世代ほど「そうするべきだ」と答えるという統計があります。このような結果から、若者たちの間では、自分自身が当事者であるなしにかかわらず、いろいろなバックグランドや価値観を持っている人がその人らしく生きられることが一番良いという考えが前提となっていることが分かります。

 本質的な意味で、自分の個性を大事にして多様性を尊重するためには、まずは、自分と他人を知って、そのギャップを知る必要がある。だからこそ感情を検索するということにつながっていくのではないでしょうか。

人の心や感情に関する学問的な分析が進み、触れる機会が増してきた

 3つ目の背景は、心理学などさまざまな学問分野の情報に専門家以外でも簡単にアクセスできるようになったということです。若者の間で爆発的に流行している16分類の性格診断は、もはや共通言語となっているくらい彼ら彼女らの生活やコミュニケーション中に浸透しています。こうした知識やツールがオープンになることで、感情というものが、ただ感じるものではなく、分析して理解するものになっているのかもしれません。

 それでは、こうした感情検索を通して若者は何を得ようとしているのでしょうか?

 若者のニーズについてさらに掘り下げて考えると、そこから2つのキーワードが見えてきました。

感情検索で若者が得たいもの

「分からない」をなくしたい

 デジタルネイティブ、SNSネイティブ世代の若者たちは物心ついた時から日々膨大な情報に触れながら生活をしています。また、今の時代は分かりやすさが重視されていて、なんでも分かりやすく情報が整理されていることが当たり前になっています。

 そんな環境になれている若者たちは、分からないということにストレスを感じやすく、「分からない」ことをなくしたいという気持ちが強いのではないかと考えることが出来ます。

全てを「言語化」したい

 言語化したいという欲求は今の若者を象徴するキーワードの一つです。

 SNSや自分らしく生きるという価値観の浸透などを背景に、若者たちの間では、自分自身のことを発信する機会が増えていて、言語化がうまい人に憧れる。言語化のスキルを伸ばしたい。そうした声を聞く機会が多くあります。

 検索以外の行動で興味深かったのは、SNSの鍵アカウントに自分にしか見えないかたちで、その日の出来事やモヤモヤした気持ちを書いているという若者が複数いたことでした。なぜ、日記ではなく、XなどのSNSを使うのかを尋ねると、「字数制限があるから、コンパクトに大事なことが書ける」「未来の自分が読むと思って言語化している」などの答えが返ってきました。実際には外から見えるわけではないけれど、他人も見るようなフォーマットで書くことで、自分の感情を客観的に捉えて整理できたり、後日振り返りやすくしているということです。こうした行動からも「言語化したい」という思いを強く持っていることが感じられます。

 また、今、短歌が若者の間で流行っていて、テレビで特集が組まれるほどのブームとなっています。博報堂若者研の外部研究員としてサポートをしてもらったこともある、歌人の伊藤紺さんの短歌も若者を中心に高い人気を誇っています。

 彼女の代表作に「振られた日 よく分からなくて 無印で 箱とか買って 帰って泣いた」というすてきな短歌があるのですが、短歌は「明確に説明することは出来ないかもしれないけど、なんか分かる」という感情を言葉で伝えることが出来ます。若者たちの中には、こうした言葉にならない感情を大事にしたいという気持ちと、それを言葉にしたいという気持ちが同時に存在しているように見えます。

(出所:iStock)

 さらに若者の意識を掘り下げていくと、自分を知って、自分を生きたい。あるいは自分を乗りこなしたい。そのような感覚を若者は持っているのではないかということが見えてきました。

  性格診断、骨格診断、親ガチャなど今流行しているキーワードには、自分ではどうしようもないこと、持って生まれたもの、特性などに関わるものがたくさんあります。そうした、変わることのない自分についてちゃんと理解したい。それを知った上でうまく生きていかないといけない。変えられないものは引き受けるしかない。そうした感覚で自分自身のことを捉えているのではないでしょうか。

 また、若者にとって自分は変えられないものである一方で、変えられないところばかりではなく、変えていきたいものでもあると言えそうです。旧来の自分観では、根っこに本当の自分があって、いろいろな人の前で変化する自分は仮面をつけた人格であると考えられていました。一方で、今の若者の多くは、うその自分、本当の自分という線引きではなく、さまざまな人格の自分があることが当たり前という「分人主義」の視点に立って自分を捉えていると言えるのではないでしょうか。

 さまざまな場面や人との間に生まれるさまざまな自分の人格をポートフォリオのように捉えて、この人と一緒にいると気持ちがいい。そんな時間が好きだから、そんな自分をもっと増やしたい。というように、動的で多様な自分をどのようにうまく変化させながら乗りこなしていくかを考えている。そんな若者の姿が見えてきます。われわれは今回の研究を通して、若者の感情検索の背景には、こうした前の世代にはない新しい自分観があるのではないかと考えました。

 後編ではこれらの調査結果を踏まえ、「これからの若者の情報行動はどこに向かうのか?」「企業はそんな若者たちとどのように向き合うべきか?」「若者たちが求める”多様性を認め合う社会”とは」を考えます。

※本記事は共同研究の結果を踏まえて実施したヴァリューズ社主催セミナーの内容をもとに再構成しました

<後編:パーソナライズを嫌う若者 企業とサービスはどうすれば受け入れられる?

小幡 のぞみ

株式会社ヴァリューズ

アシスタントマネジャー/マーケティングコンサルタント

新卒でヴァリューズに入社しマーケティングコンサルタントとして製薬・食品・不動産など、さまざまな企業に対してマーケティング支援を行っている。

学生時代には、弊社オウンドメディアにてマーケターへのインタビュー記事・学生視点での業界分析記事を執筆。

砂原 路万

株式会社ヴァリューズ ソリューション局

データアナリスト

新卒でヴァリューズに入社。データアナリストとして、メディア・家電・美容など、さまざまな業界のマーケティングリサーチを行う。

現役Z世代による”Z世代の行動データ”分析ラボ「Gen-Z調査隊」の一員として、Z世代や若者に関する自主調査も実施。

ボヴェ 啓吾

株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン

イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 リーダー

法政大学社会学部社会学科卒。2007年(株)博報堂に入社。マーケティング局にて多様な業種の企画立案業務に従事した後、2010年より博報堂ブランド・イノベーションデザインに加入。ビジネスエスノグラフィや深層意識調査、未来洞察などさまざまな手法を用いて、ブランドコンサルティングや商品・事業開発の支援を行っている。

2012年より東京大学教養学部「ブランドデザインスタジオ」の講師、大学生のためのブランドデザインコンテスト「BranCo!」の運営など、若者との共創プロジェクトを多く実施し、2019年より若者研究所リーダーを兼任。

岩佐 数音

株式会社博報堂 ブランド・イノベーションデザイン

イノベーションプラニングディレクター/若者研究所 研究員

デザイン・リサーチ、ブランディング、グローバルプロジェクトマネジメントなどの経験を生かし、機会発見から実装までを探索的な視点で支援している。学生向けブランドデザインコンテストBranCo!の主催や、若者研究所としての研究活動も行う。

現職以前は一般社団法人i.clubにて、高校生向けイノベーション教育プログラムの開発・運営、地域資産をてことした食品の開発・販売に従事。

※部署・肩書は当時のもの

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