マーケティング・シンカ論

D2Cはオワコンなのか 多くのブランドが淘汰された背景に“闇深い”事情日本のマーケティング最前線(1/2 ページ)

» 2024年03月19日 09時00分 公開
[小林幸平ITmedia]

日本のマーケティング最前線

“マーケティングで成功した会社”といえば、みなさんはどの会社を思い浮かべるだろうか? アップル、コカ・コーラ、P&G、ロレアルなど、よく外資系企業が名前を挙げられる。

しかし、実は日本にもマーケティングで大きな成長を遂げた会社がたくさん存在する。

本連載では、マーケティングで成功をあげるための本質的な考え方・思考法を、外資マーケティングの最前線で戦ってきた小林幸平氏が、独自のマーケティングフレームで解説する。

筆者プロフィール:小林幸平

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京都大学大学院医学研究科卒業後、 日本ロレアル株式会社に入社。新規ヘアケア製品ノーシャンプーのプロダクトマネジャーとして新製品の開発および販売戦略立案を担当し、同製品は楽天市場総合ランキング1位を獲得。その後デジタル・イーコマースにおけるマーケティング責任者として事業拡大戦略の立案と推進に取り組んだのち、2019年8月よりメイベリンニューヨークのアジアヘッドクォーターにてリージョナルマーケティングマネジャーとしてビジネス統轄を担う。その後、2021年2月よりノバセル株式会社の執行役員として同社事業を牽引。

合同会社スモールミディアムCEOとして、D2Cブランドの経営も行う。

公式noteはコチラから。


 この10年、小売店などの中間業者を挟まず、SNSや自社ECを通じて商品を顧客に販売するビジネスモデル(Direct To Consumer、略してD2C)が活性化し、多数のブランドが乱立した。

 これらのブランドの多くは、OEM業者(OEMはOriginal Equipment Manufacturingの略、自社ではなく、他社名義での製造受託する企業を指す)を活用して、小さい会社ながらも社外でこだわりの商品を開発することができる。1000個などの少ない個数からでも生産可能なため、個人で商品販売する人も増えた。

 このD2Cにおいて、メジャーどころといえばシャンプーの「BOTANIST(ボタニスト)」を代表として、男性用化粧品の「BULK HOMME(バルクオム)」など、オンラインにとどまらず、ドラッグストアやコンビニにまでその流通を広げる成功ブランドも生まれている。

 また、YouTuberのヒカルさんが自身のブランドをD2Cで販売するなど、インフルエンサー主導のビジネスもこの数年で台頭してきた。実は皆さんの身近なところに多くのD2Cモデルが存在している。

 しかし、今このD2Cビジネスは冬の時代を迎えている。特に、大きな資本を持たない中小事業者の撤退が相次いでいる。

 かく言う私も、自身の会社でD2Cビジネスを展開しており、昨今の市場の厳しさをまさに身を持って体感している。

 この背景をひもとくと、マーケティング業界の課題とも言うべき3つの問題があると考えている。今回はそれをプロのマーケティング視点で解説する。

D2Cはオワコン? 多くのブランドが淘汰された3つの理由

D2Cビジネス急落の背景1:顧客獲得コストの高騰

 少し専門的な話にはなるが、D2Cビジネスにおける重要KPIは「CPA」と「LTV」だ。

 CPAとは、Cost per AcquisitionまたはCost Per Actionの略で、要は「顧客獲得単価」だ。1顧客を獲得するために平均でいくらコストをかけているかの指標となる。

 LTV(Life Time Value、顧客生涯価値)は、1人の顧客がどれだけたくさん買ってくれたかという指標だ。つまり、D2C事業者はいかに安いCPAで顧客獲得し、いかに複数回の購入を促してLTVを高めるかを常に考えている。

 このような中で、今D2C事業者にとって大きな問題となっているのは、法規制によるCPAの急激な高騰だ。

 その背景には、年々厳しさを増す、薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)やステマ規制の強化がある。特に、多くのD2C事業者が参入している化粧品や健康食品は今厳しい目にさらされている。

 例えば、30〜40代女性向けの化粧水があったとしよう。女性は毛穴やシミがなくなることを期待して化粧品を購入することが多い傾向がある。しかし、この化粧水を販売する会社は「この商品を使えば必ず毛穴やシミがなくなります」などと販売サイトで表現してはいけない。薬機法の関係で、効果を保証するような表現は厳しく取り締まられるためだ。

 そこで多くのD2C事業者は、なんとかかいくぐって直接的な効果保証の表現をしようと工夫を凝らしてきた。漫画形式の広告で表現したり、SNSでインフルエンサーにPRさせて、あたかもそのインフルエンサーが直接的に効果があるように第三者目線で表現したり……あの手この手でグレーゾーンを攻めてきた。

 10年前までは、大手メーカーを除いてはこういったグレーな表現がまかり通ってきた部分があった。しかし、それらが消費者誤認を生み、多くの問題を引き起こしたことで、年々法規制が厳しくなったのだ。その影響を受け、D2C事業者は昔ほど簡単に顧客を獲得できなくなり、結果としてCPAが急激に高騰した。

 また、サードパーティーCookie問題もこれに拍車を掛けている。

 サードパーティーCookieとは、訪問先のWebサイト以外の第三者(ドメイン)が発行するCookieのことであり、ターゲティング広告やWeb解析に用いられる。

 プライバシー・個人情報保護の観点からサードパーティーCookieを規制する動きが進んでいる。この規制が進むと、D2C事業者にとってはリターゲティング広告(特定のサイトに来訪した人に再度自社の広告を配信し、買ってもらおうとする広告)が出しにくくなる。すでにこの影響は出ており、現状CPAが大幅に高騰してしまっているというわけだ。

 これらの社会的背景の影響を受けた顧客獲得コストの上昇が、1つ目の背景だ。

2022年9月に、Macbee Planet(東京都渋谷区)がマーケティング担当者110人に調査を実施。8割以上が「Cookie規制によりCPAに影響あり」と回答したという(プレスリリースより)
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