一見無駄に見える、あえての余白や制限、工夫には、主体性を生む価値があるのではないか――。そのことを確かめるべく、“一見無駄“を取り入れたことで成功した事例を探ってみると、無駄がもたらす3つの価値のパターンがあることに気づきました。
それは(1)愛着を感じられる、(2)所属を感じられる、(3)学びを感じられる――の3つです。どれも外注できない、自分の体と心でしか経験できない主体的なもので、裏を返すと、このような価値を受け手に感じてもらいたいときには、一見無駄に思えるような発想やアイデアが有効なのではないかと考えました。一つずつ、事例と共に見ていきましょう。
一見無駄に見える仕掛けが、愛着を生むことがあります。分かりやすい例が、「あえてのひと手間」による成功例です。既製のものではなく自分の手で組み立てる余白のある家具や、撮った写真がすぐに見られず現像のプロセスが必要なフィルムカメラが人気を博していることは、あえてひと手間の労力をかけることで、結果に対して愛着が強くなることが分かる事例です。
実際に時間や労力を費やしたものに対して、人は特別な愛着を感じ、それを高く評価するようになるという心理学的作用は「コントラフリーローディング効果」としても知られています。これは、人だけでなくネズミやサルなどの他の動物にも当てはまる脳の働きのようで、動物的な本能として、簡単に手に入れたものよりも、何らかの対価や苦労を払って入手したものをより好むことが明らかになっています。ここからも、一見無駄に見えるものの中には、動物的本能を刺激して、愛着を育む価値があると言えるのではないでしょうか。
次に紹介するのは、2023年上半期Z世代トレンドランキング(※3)のモノコト部門でもトップに輝いた「友達がやってるカフェ」の事例です。大手飲食チェーンがモバイルオーダーなどで効率化の接客を進める中、このカフェでは、店員が友達のようにタメ語で気さくに接客してくれる体験を提供し、話題になりました。
(※3)Trepo「2023年トレンド調査 上半期に流行ったのはこれ!Z世代が選ぶトレンドランキング5部門を発表」
SNSで行った人の投稿を見てみると、まるで友達のバイト先に遊びに行っている気分を楽しめることが人気の秘密のようです。店員と客の間に、一見無駄にも見える私語のようなコミュニケーションを取り入れて「共通言語」を設けることで、コミュニティに所属する理由が生まれることが分かる例ではないでしょうか。
また、私のいるチームでは、打ち合わせで本題に入る前に雑談する文化がありますが、一見無駄に見えて、実はあの時間があることでその後の一体感が生まれているとも感じます。無駄の中には、関係に共通言語をつくり、所属感を高める力があるのではないでしょうか。
3つ目に紹介するのは、ブラインドブックという、ここ数年増えている本の新しい販売形態です。その名の通り、本の表紙をあえて隠し、気の利いたキャッチコピーや本の中の一説だけを書いたブックカバーに包んで販売するというものです。私も思わず買ってしまったことがありますが、開けてみるまでのワクワク感がたまりません。ですがそれ以上に、普段の自分だったら手に取らないような本に出会えることで、知らなかった世界を発見し、新たな学びにつながることが、この仕掛けの本当の良さなのではないかと感じます。
似た話で、よく新聞の魅力として、関心があるトピックばかりが目に入ってきやすいSNSのタイムラインとは異なり、アンテナを張っていなかったトピックも含めて、広くニュースが入ってきやすいことが語られたりしますが、これも物理的に紙を広げるという(一見無駄に見える)あえての不便があることで得られる価値です。
このような非合理で、一見無駄に見える偶有性(偶然備わった性質)や不便には、慣れ切った枠からはみ出し、成長につながる新たな学びをもたらしてくれる価値が潜んでいるのではないかと思います。
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