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「効率の価値」VS.「ムダの価値」 ビジネスには両方が必要といえるワケ令和の無駄学(1/3 ページ)

» 2024年09月19日 08時30分 公開

連載:令和の無駄学〜僕らにはもっと無駄が必要だ〜

合理的で効率化が求められる社会。どんどん便利になる社会。何不自由なく生きられる社会。しかし、それと逆行するように人々の幸福度は下がっている。

もっと豊かで人間らしい暮らしを得るには、時間的な余白や、一見どうでもいいような機能、生活必需品ではないものの購入など、いうなれば「無駄」が必要なのである。無駄こそ心にゆとりをもたらし、無駄こそ周囲へのやさしさにつながる。真の豊かさを求める上での最強の武器である「無駄」について、社会を解剖していく。

 世の中が加速度的に便利になる中で、効率は良くなったものの面白さが失われてしまった。だからこそ、今の時代には「無駄」が必要なのである! そんな考えのもと鼻息荒く始まった本コラム。今回のテーマは、“効率化VS.無駄”の戦い。ビジネスにおいて効率を重視すべき点と無駄を重視すべき点の違いについて、さまざまな事例を取り上げながら考察していきます。

 突然ですが読者の皆さんは、効率重視派ですか? それとも、無駄も楽しむ派ですか?

 いきなり、答えにくい質問ですよね。そんなの、時と場合によるだろう、という答えが多数だと思います。掃除はロボットを使って効率的にやりたいけど、本を買うときはあえて書店へ行っていろいろ物色したい、というように、効率と無駄のどちらを重視するかは、状況や場合によることが多いと思います。

 であるならば、企業としてもやみくもに効率化が良い、あるいは無駄が良い、ということではなく、その使いどころを見分けながら、生活者が真に求める価値を届けていくべきではないでしょうか。もちろん、その線引きは一人一人によって違います。ですが、大きな傾向はあるはずです。今回はそんな興味を出発点に、企業が効率を重視すべき点、無駄を重視すべき点について、「生活者にとっての価値」という視点から考察してみたいと思います。

ビジネスにおいて効率を重視すべき点と無駄を重視すべき点の違いは? 写真はイメージ(iStock)

効率化することで得られる価値

 本コラムではこれまで、めくるめく無駄の魅力について紹介してきましたが、決して効率化の価値を否定しているわけではありません。効率重視の世の中になりすぎているのでは? という危惧はあっても、事実、効率化をキーワードに成功したビジネス事例はたくさんあり、そのおかげもあって私たちはより便利な生活を送れています。

 実際に、私の周りの人たちに対して、「生活を効率化してくれたお役立ちサービス」について聞いたところ、下記のような例が挙がってきました。

  • ECにより、買い物に行く手間なく日用品を買えるようになった(50代女性)
  • モバイル決済で、財布から現金を取り出す手間が不要になった(20代男性)
  • 記録管理アプリにより、家計簿を手作業で記録することなく管理できるようになった(40代女性)
  • 配車アプリで、タクシーをさまよって探す必要なくどこでも拾えるようになった(30代男性)

 確かにどれも、もう知らなかったころには戻れないと感じるほど便利で、生活に浸透しているものばかりですよね。これらのサービスは、効率化という価値を届けたからこそ成功したわけですが、背景には生活者のどんな気持ちが共通していたと言えそうでしょうか。

 私はここに、できれば関与したくないと感じるプロセスの存在があるのではないかと思います。日用品のために買い物に出かける手間も、財布から現金を取り出す面倒も、手作業で家計簿をつける習慣も、タクシーを探す苦労も、できれば自分から手離れさせ、「ショートカットしたい雑務」だと多くの人が感じているからこそ、これら効率化のサービスが受け入れられたのではないでしょうか。もしこれらのプロセスに、主体的に関わりたいと思ったり、何かを期待したりするならば、このようなことは起きにくいはずです。

 例えば、効率を重視したEコマース導入が進んでいると一口に言っても、経済産業省のデータによれば(※1)、高価格商材である自動車のEC化率は、他の市場と比べるとまだそれほど進んでいない状況です。さらに、日本自動車工業会の調査データ(※2)を見てみると、ECでは車を買いたくない人の理由として、「実物を見られない」「試乗ができない」という理由のほか、「直接聞いたり、アドバイスをもらったりできない」「営業担当との信頼関係が築けない」という回答が上位に挙がっています。

(※1)経済産業省「令和3年度 電子商取引における市場調査」、(※2)日本自動車工業会「2023年度 乗用車市場動向調査」

 いずれも自動車を買うまでのプロセスに自分が主体的に関わりたいという気持ちの表れです。車は高い買い物であり、人によっては嗜好品という側面も持った商品です。だからこそ、安心して納得して買いたい、車との関係に文脈や物語が欲しいという気持ちが生まれやすく、そのことが効率重視のECがあまり自動車業界で浸透していない大きな要因の一つになっているのだと思います。

 このように効率という視点でうまくいっている例、いっていない例を見てみると、その境界には、「主体性」というキーワードが浮かび上がってきます。私たち生活者にとって効率化の価値とは、煩わしいプロセスを外注し、そこでの主体性を放棄する代わりに、時間的・金銭的な余剰という合理的な利益を享受できるという点にあるのではないでしょうか。そして、そんな効率化とは反対にある無駄には、まさにこの主体性に作用して、思わず自分ごと化してしまう力があるのではないかと思ったわけです。

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