1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら。
ユニークな商品を無秩序に融合させた「カオス」空間で異彩を放ったあの雑貨店「ヴィレッジヴァンガード」が今、深刻な危機に直面している。
同社は2025年5月期決算で2期連続の最終赤字となり、全店舗の3割に当たる81店舗の閉鎖に追い込まれた。42億円という巨額の赤字には市場も動揺を隠せなかった。
なぜ、あれほど熱狂的なファンを生んだ企業が失速したのか。
ヴィレッジヴァンガードの成功の礎は、創業者である菊地敬一氏の「5%の顧客に思い切り満足してもらう」という、大衆迎合を潔く捨てた「超ニッチ戦略」と言われている。
これは各店舗の店長が勘とセンスで商品や店構えを決めるもので、経営の教科書的な理論とは真逆を行く、極めて属人的な経営方針だった。
しかし、これが逆に他のチェーン店舗にはない独特で魅力的な店舗空間を創造した。ファンの中には店舗ごとの特色を知るために全国のヴィレヴァン店舗巡りをする者もいるという──。
ここまでがさまざまなメディアでテンプレのように紹介されているが、「不調の原因はヴィレヴァンらしさがなくなった」論は、実は誤りだったのではないか? このように考えられる理由を、順を追って説明する。
その根拠は、財務諸表に明確に表れている。2025年5月期における42.47億円の最終赤字は、これまでの属人性に依拠した経営の負債を一括精算する動きであると考えられるからだ。
一つは24.72億円にも上る「棚卸資産評価損」だ。簡潔に言うと「売れる見込みのない商品在庫の価値を思い切ってゼロ円で計上する」という動きである。つまり仕入れ値がそのまま損失になるということだ。
問題は、在庫の評価処理を先延ばしにしていたことである。これが食品の会社であれば一度に自己資本の半分を毀損(きそん)するような棚卸評価損は生じ得ない。なぜなら賞味期限があるため、在庫を持ち続けられないからだ。
しかし、ヴィレヴァンの扱う雑貨はいつまでも保持し続けることが可能だ。そのため、会社の資産がいつの間にか“腐っている”ということが起こり得る。
従来までの自己資本が60億円程度の会社で、自己資本の半分に匹敵する在庫商品が「売れる見込みなし」の状態になっていた。これは「データではなく、店長の経験やセンス」に頼る属人的な仕入れ戦略が、実は売上面では失敗していたことを示す証拠と言えないだろうか。
同社は2012年からPOSシステムを導入するなどして、売れ筋商品を店舗に導入するようになっていた。しかし、2025年まで在庫の評価損を計上していなかったことを踏まえると、今日まで売り場面積の相当部分が「売れる見込みがない商品」で覆われていたはずだ。
そう考えると、POSシステムは十分な効率性を発揮できない。そのため、あたかもPOSシステムの導入がヴィレヴァンの不調を招いたと市場に錯覚させてしまったと考えられる。
次に、7億円近い減損損失にも注目したい。これは店舗という資産が、将来的に投資額を回収できるだけのキャッシュフローを生み出せないと、会社自らが認めたことを示す。
これにより自己資本比率も急落した。健全性の目安とされる20%を大幅に割り込み、直近では10.6%まで低下している。同社は金融機関から100億円近い融資を受けており、今後、早期の返済を迫られたり、追加融資が断られたりするリスクが出てくることだろう。
痛いのは、コロナ禍後、小売業界の救世主となったインバウンド需要を取りこぼしてしまったことだろう。
ヴィレヴァンの類似店舗としてはドン・キホーテが挙げられる。同社は免税対応や多言語対応、そして「何でもそろう」圧倒的な品ぞろえでこの需要を的確に捉え、業績を飛躍させた。
両者の株価パフォーマンス推移を比較すると、2020年以降、ドン・キホーテの運営会社であるパンパシフィックHDの株価が200%超の上昇幅を記録している反面、ヴィレッジヴァンガードコーポレーションの株価は6.75%のマイナスだ。
円安に伴うインバウンド特需の恩恵には預かれなかった。ヴィレッジヴァンガードもドン・キホーテと同じように一部店舗では免税対応などを試みたが、全社的なムーブメントにはつながらず、その効果は限定的だった。
また訪日客は、実用的な土産物や化粧品、医薬品といった有名商品を好む傾向がある。そのような目的買い需要と比較して、ヴィレヴァンの「サブカル」を中心としたニッチ商品は刺さりづらかった。
崖っぷちに立たされた同社は、事業構造の抜本的な転換に着手した。具体的には、リアル店舗依存から脱却し、EC事業とポップアップ事業という「アセットライト」(資産圧縮)な事業モデルへと進出しつつある。裏を返せば「身軽になった」というべきか。
今回の巨額赤字計上と大量閉店は、決してヴィレッジヴァンガードの「終わり」を告げる鐘ではない。むしろ再生に向けた「始まり」と捉えるべきだろう。長年見て見ぬふりをしてきた属人的経営の負債をあえて一括で精算し、財務的に身軽になった今、同社は初めて未来へのスタートラインに立ったとも解釈できる。
かつてファンを夢中にさせた「偶然の出会い」という価値は、もはやSNSのアルゴリズムやインフルエンサーが、より効率的に代替する時代になった。
再生の鍵は、創業の原点である「5%の顧客に思い切り満足してもらう」という哲学を、現代の文脈でいかに再構築できるかにあるのではないか。その「5%」とは、今の言葉でいう「界隈」の住人たちだろう。
「ヴィレヴァン」は今後、単なる物販ではなく、熱狂的なコミュニティーを創出する「遊び場」としての役割をデジタルとリアルで再定義することが求められる。
幸いなことに、業績不振にあえぐ今でも「ヴィレヴァンならまだ何か面白いことをやってくれるはず」と期待を寄せる声は決して少なくない。
過去の成功体験という名の亡霊を完全に振り払い、デジタル時代の新たな「カオス」と「熱狂」を生み出せるかに注目が集まる。
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