「この会議、本当に必要だろうか」と思いながら出席したことは何度あるだろうか。上司への進捗報告のためだけに作る資料、承認を得るためだけに費やす根回しの時間、何度も繰り返される「持ち帰って検討します」――。
こうした光景は、日本企業に限らず、あらゆる大組織に共通する慢性疾患とも呼べる問題だ。
Twitter共同創業者(現X)で米決済関連事業BlockのCEOを務めるジャック・ドーシー(Jack Dorsey)氏が、米ベンチャーキャピタル(VC)大手Sequoia Capitalのロエロフ・ボタ(Roelof Botha)氏と共同で公表したエッセイ「From Hierarchy to Intelligence」(階層から知性へ)は、この慢性疾患の根本原因を解剖し、AIによる処方箋を提示しているとして、広く話題になった。
BlockはPOS、決済、オンライン販売、スタッフ管理、資金繰り支援などをまとめて提供する事業者向けプラットフォームのSquareと、個人向け送金・金融アプリのCash Appなどを持つフィンテック企業だ。
Blockは2月26日に、従業員のほぼ半数にあたる約4000人の人員削減計画を発表。この人員削減は、AI失業の代表例として語られている。
一方で米VC大手のAndreessen Horowitzのマーク・アンドリーセン(Marc Andreesen)氏は、AIが原因で失業者が増えるという説は「完全に間違い。100%間違い。ほとんどのレイオフは、実際には金利の上昇とCOVID期(新型コロナウイルスの流行期)の過剰人員配置が原因。そうした企業に完璧な言い訳ができた。それがAIだ」と語っている。
このアンドリーセン氏の説に異論を唱える形で、ドーシー氏がライバルVCから今回のエッセイを発表したようだ。
なぜ組織はヒエラルキーを持つのか。ドーシー氏の答えは明快だ。それは情報をやり取りする手段が限られていた時代の、やむを得ない設計だったからだ。
原点はローマ軍にある。8人でテントを共有する最小部隊から、80人、480人、5000人へと積み上がる多層指揮構造は、広大な戦場で命令と報告を届けるための「人力配管」だった。
その後、19世紀のプロイセン軍が「天才的なリーダー不在でも組織が機能するシステム」として参謀本部を制度化し、1850年代の米国鉄道産業がそれを民間企業に移植した。こうして「ライン」と「スタッフ」、「部門」と「管理職」という現代企業の原型が完成する。
つまり、「管理職」という職種は、情報の収集・集約・伝達にコストがかかりすぎた時代の産物に過ぎない。部長が課長から報告を受け、役員に上げる――その行為の本質は、情報を上下に運ぶ「情報伝達ゲーム」である。
スウェーデンのSpotifyや米Zapposなど、さまざまな企業がこうしたヒエラルキーからの脱却を試みながら挫折してきたのも、人間による情報伝達の仕組みを超えるものを構築できなかったからだ。AIはその代替として、初めて実用的に機能しうる技術だとドーシー氏は論じている。
現在、多くの企業がAIを「仕事の効率化ツール」として導入している。社員一人一人にAIアシスタントを与え、メール作成や資料まとめを速くする。ドーシー氏はこれを「既存の配管を少し太くするだけ」と切り捨てる。会議の議事録をAIが自動生成しても、その会議が不要なら何も変わらない、ということだ。
Blockが目指すのは、AIをベースに企業組織そのものを作り直すという、全く別のやり方だ。そのために必要な基盤として、次の2つを挙げる。
第1は、自社の情報の流れを映し出す基盤だ。Blockは基本的にリモート勤務をベースに運営されており、意思決定・議論・コード・設計が全て社内のチャット記録、議事録、ソースコードなどのデジタル上の活動の足跡として蓄積されている。
AIがこれをリアルタイムで処理することで「今何が開発中か、どこが詰まっているか、どのプロジェクトが予算を使いすぎているか」を組織全体で即座に把握できるようになる。かつて管理職がチームを横断して担っていた「状況把握と情報中継」が、システムに移譲されるわけだ。ドーシー氏はこれを「自社の現状を映し出す鏡」と呼ぶ。
第2は、顧客の情報の流れを映し出す基盤だ。「おカネは世界で最も正直な情報だ」とドーシー氏は断言する。アンケートは虚偽を含み、広告は無視される。だが人が実際におカネを使い、送金し、借り、返済するとき――そこには嘘がない。BlockはCashApp(消費者側)とSquare(加盟店側)の双方から数百万件の取引を日々観察し、顧客・加盟店の金融実態をリアルタイムで把握できる。
このシグナルは使えば使うほど精緻になり、競争優位として複利的に拡大する。ドーシー氏はこれを「顧客の現状を映し出す鏡」と呼ぶ。
この基盤の上で、Blockは従来の製品ロードマップを廃棄し、企業を4層で再構成する。 第1層は「金融の基本機能」(部品)だ。具体的には決済・送金・融資・カード発行・後払い・給与計算といった個別の金融サービスだ。これらはアプリなどの顧客ユーザーとの配信チャネル(インターフェース)を持たない、純粋な「部品」として管理される。
第2層は「デジタル上の鏡」。会社の状況をリアルタイムで把握する「自社の鏡」と、取引データから構築される「顧客の鏡」の2面からなる。
第3層が核心となる「知能の層」だ。そしてここが「企画職の仕事」を根底から変える部分である。
従来の商品開発はこうだ。企画担当者が市場調査をし「来年の第2四半期に、飲食店向けの資金繰り支援ローンを出そう」とロードマップに組み込む。そして開発し、リリースし、営業が売る。このサイクルに最低でも半年から1年かかる。
Blockが目指すのは「オンデマンドな商品開発」だ。飲食店の売り上げデータがBlockのシステムを流れる。AIが過去のパターンと照合し「この店は3週間後に資金繰りが悪化する」と察知する。その瞬間、融資・返済スケジュール・通知の「部品」を自動で組み合わせ、加盟店が気付く前に最適な提案を届ける。企画会議も、ロードマップも、稟議も不要だ。「顧客の今の困りごと」をAIが検知し、その場で解決策を生成するわけだ。
逆に言えば、AIが「解を組み立てようとしてできなかった」瞬間、その失敗信号が次の開発課題を自動生成する。人間が仮説を立ててロードマップを作るのではなく「顧客の現実が開発の優先順位を直接決める」仕組みへの転換だ。
第4層はSquare、Cash App、Afterpayといった既存の顧客との「インタフェース」(接点)だ。これらは配信チャネルに過ぎず、価値の源泉は「知能の層」にあると、ドーシー氏は明確に位置付けている。
この構造のもとで、人の役割はどう変わるか。「デジタル上の鏡」が情報の集約・整理・伝達を担うため、その機能のために存在していた管理職層は不要になる。そうなると人の役割は3種類に集約されるとドーシー氏は指摘する。
第1は「専門職」だ。技術やスキルを極め、システムの各層を構築・運用するスペシャリストだ。「デジタル上の鏡」がコンテキストを直接供給するため、専門職社員は上司に確認せず自律的に判断できる。専門職は管理職を目指すキャリアパスではなく「深さ」を極めることが評価される。
第2は「全責任者」だ。特定の問題や機会について、定められた期間(例:90日間)だけ全権を持つ個人だ。「加盟店の解約率を下げる」という課題を担う「全責任者」は、部門の壁を越えて必要なチームのリソースを動員できる。課題が解決すれば役割は終わり、次の課題に移る。特定の「縄張り」を恒常的に守る部長職とは根本的に異なる。
第3は「プレイヤーコーチ」だ。自分でもコードを書き、システムを作りながら、周囲の成長に投資するリーダーだ。ステータス報告・調整会議・優先順位の社内交渉に費やす時間はない。「管理しかしない中間管理職」ではなく、「自ら手を動かしながら人を育てるリーダー」だけが残る。
エッセイはこう締めくくる。AIを単なるコスト削減ツールとして使う企業は、数四半期の利益率改善の後、より深い理解を持つ企業に飲み込まれる。問うべきは「自社は何を深く理解しているか、そしてその理解は日々深まっているか」だ。
加盟店と消費者、取引の両面を観察し続けることで秒単位で複利的に深まっていく理解が深ければ、AIは企業の「コパイロット」ではなく、企業の本質そのものになる。
2000年前のローマ兵士8人がテントを共有していた理由と、今日の課長が部下5人の進捗を管理している理由は、同じ制約から来ていた。その制約が消える時代が到来した。「なぜこの会議が必要なのか」という問いに、正面から向き合う時代が到来したわけだ。
本記事は、エクサウィザーズが法人向けChatGPT「exaBase 生成AI」の利用者向けに提供しているAI新聞「ピラミッド型組織をAIネイティブ組織へ Jack Dorsey氏の挑戦」(2026年4月2日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
Googleが拒否した軍事AIを成功へ 異端企業「Palantir」が示す、次なるAIの戦場
「学歴は無価値に」 米トップエンジニアが明かす、AI時代に“大化けする人材”の共通点
人間は「取締役」、AIが「CEO」 サム・アルトマンがAGI論争を終了させてまで語りたかった「ASI」の未来図
「人間がコードを書く時代は終わった」 “Claude Code”が引き起こす「知能の価格崩壊」
AIによる“社会崩壊”まで残り3年 トップ識者が警告する「地獄のシナリオ」
AI競争は「Googleの圧勝」で終わるのか? Gemini 2.5 Proの衝撃
「KPIは睡眠時間」──オードリー・タンに聞く、日本企業の生産性が上がらない根本原因
NTT「IOWN構想」に世界が動き出した 成否を握る“ブレークスルー技術”とは?© エクサウィザーズ AI新聞
Special
PR注目記事ランキング