考えるSaaSは死に、SoRが生き残る──急成長中Sansan「Contract One」から読み解くリーガルテックの明暗(2/4 ページ)

» 2026年06月10日 08時00分 公開
[斎藤健二ITmedia]

「SoE優位」だった15年、AIが変えた風向き

 契約レビューと契約管理という2つの領域で、なぜ明暗が分かれたのか。契約レビューが扱うのは「判断」、契約管理が扱うのは「記録」だ。生成AIがまず侵食したのは、判断の領域だった。

 SaaS企業はこの十数年来、コンサルタントのジェフリー・ムーア氏が2011年に提示した「System of Record」(SoR、記録のシステム)と「System of Engagement」(SoE、エンゲージメントの層)という概念を参照してきた。ERPや基幹データベースが記録側、顧客接点アプリケーションやコラボレーションツールがエンゲージメント側に当たる。

 これによりSaaS業界では「記録の側はすでに敷かれた土台で、価値が生まれるのはエンゲージメントの層であり、獲りに行くべきはそちらだ」という認識が広がった。2010年代に勢いを増したSaaS群は、おおむねこの概念に沿って動いた。SaaSの重心は、記録の側からエンゲージメントの層へ移っていった。

san SaaS企業ではこの十数年来「価値が生まれるのはエンゲージメントの層」との認識が広がっていた(提供:ゲッティイメージズ)

 生成AIの台頭は、その重心を記録の側へ押し戻し始めた。最初に揺らいだのはエンゲージメント層全体ではない。その中で「AI機能」を差別化の柱にしてきたプロダクト群──便宜的に「判断のSaaS」と呼ぶことにする──だ。文脈を解釈して「正解」や「リスク」を判断すること自体を価値にしてきた領域、と言い換えてもいい。承認フローや計算のような決定論的なビジネスロジックとは別物で、確率的な評価や生成を機械側に任せる類のプロダクト群を指す。

 契約レビュー、ドラフト支援、AIコパイロット──利用者の思考や推論を肩代わりするこのカテゴリーが、汎用の生成AIが急速に賢くなったことで、専用プロダクトとしての価値を問われ始めた。GVA TECHが決算で語った「機能単位で代替される」とは、この層のことを指している。

 記録の側は、逆に価値を増している。LLMは安価で大量の推論を供給するが「ある会社が過去にどんな条件で何を契約したか」という、過去の情報を持っているわけではない。判断するためには、参照すべき記録が要る。土台だったはずのSoRが、今やAIが立ち上がるたびに呼び出される基盤に変わったわけだ。

 尾花氏が締結済みの契約を「ビジネスの設計図」「確定したマスターデータ」と呼ぶのは、この構造を見ているからだ。「データベースを作る力は、AIにはまねできないものを持っている」と尾花氏は語る。AIが安価に提供できるのは「考えること」であり、現実世界から事実を集めて磨き上げる作業ではない。Sansanが名刺管理で続けてきたのは、まさにこの「集める」側の仕事だった。

 SaaSが一様に死ぬわけではない。生成AIが役割を奪うのは「考えるSaaS」で、生き残るのは「覚えているSaaS」であるSoRのほうだ。この15年「SaaSはSoRから離れ、SoEを目指せ」と言われてきた。生成AIは、その向きを反転させたのだ。

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