最初の危機が訪れたのは、1970年代のこと。軽くて安価なプラスチックバケツが急速に普及し、高価なトタンバケツの需要は激減した。かつて20人いた従業員は、1人2人と減り、年商はわずか500万円。人件費すら賄(まかな)えない。「倒産」の二文字が現実味を帯びていた。
「もう会社を畳もうか――」
気丈な父が弱気な声を漏(も)らしたとき、母が起死回生の一手となるアイデアを出した。たまたま米国のテレビドラマのワンシーンに登場するゴミ箱を目にし、「家の中に置いてあっても違和感のないおしゃれなバケツなら、インテリア雑貨として売れるのではないか」と、直感が働いたそうだ。
「まずはやってみる」という信念を持つ父と、「自分ならこんなものが欲しい」と妥協を許さない母。二人三脚で試行錯誤を重ね、1〜2年をかけて新商品を完成させた。それが1978年に誕生した「OBAKETSU(オバケツ)」だ。
ユニークな商品名も父と母が考えたものだ。「実用品であるバケツに親しみを持ってほしい」という思いから、バケツに丁寧語の「お」をつけ、「オバケツ」と名付けた。
当初は社内から懐疑的な声もあったが、父は1人で夜な夜な試作と改良を重ねた。
転機は1983年。知り合いから、東急ハンズの関西1号店が大阪府吹田市にオープンしたと聞きつけた父は東急ハンズに向かった。オバケツを抱えたままレジに並び、「これを扱ってほしい」と店員に直談判したという。
この常識外れの“ゲリラ営業”が功を奏した。バイヤーは「こんなバケツ、見たことがない!」と気に入り、その場で取り扱いが決まった。
さらに思いがけないことが起きる。全国の雑貨店バイヤーから工場に直接電話がかかってくるようになったのだ。理由は、オバケツのラベルに印字された電話番号だ。
「母が雑誌などを参考にしてラベルを自作しました。電話番号をなぜ入れたのか、今考えると謎ですね」
意図せず入れた電話番号のおかげで、店頭のオバケツそのものが「優秀な営業マン」として活躍した。
こうして、東急ハンズでの取り扱いをきっかけに全国の雑貨店へ販路が広がった。年商500万円だった会社は、数年で最大2億円を売り上げるまでに成長した。
倒産の危機は乗り越えたように思えた。だが、再び転落の危機が訪れる。
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