洗練された純白のボディーに、鮮やかな絵筆が走る──。7月、都内でお披露目されたのは、独Audi(アウディ)の高級車「Audi Q5」にタレント・画家の木梨憲武氏が直接ペイントした「世界に1台」の特別な車両だ。
独Audiの高級車「Audi Q5」にタレント・画家の木梨憲武氏が直接ペイントした「世界に1台」の特別な車両(Audi × NORITAKE KINASHI アートコラボレーション 発表会@Audi City 紀尾井町)アウディ ジャパンは、これまでも写真家の蜷川実花氏とのコラボレーションなど、アートを通じたブランド発信を重ねてきた。新たに始動した「Audi × NORITAKE KINASHI アートコラボレーション」発表会で公開されたこのアートカーは、木梨氏の代表作シリーズ「REACH OUT」をモチーフにしたものだ。同社は、この車両を全国の正規ディーラーで巡回展示させる異色の共創プロジェクトを本格始動させた。
一見華やかな話題作りにも見えるが、その真の狙いは短期的な販売増ではないという。スペックのアピールや目の前の売り込みを捨て、自社の価値観に深く共感してくれるファンとの息の長いつながりを育む──。
効率や即効性が求められる時代に、なぜ同社は「売るためではない投資」へと舵(かじ)を切るのか。アウディ ジャパンの佐藤一憲ブランドマネージャーと木梨氏へのインタビューから、成熟市場で自らの立ち位置を守り抜く、顧客づくりの真意に迫る。
アウディが自動車づくりにおいて、パフォーマンスやテクノロジー、そして近年注力するサステナビリティと並んで重視しているのが「デザイン」だ。
同社は、EV化や自動運転時代を見据え「自動車をインテリアからデザインする」という独自のアプローチを掲げ、デザインをブランド形成の重要な柱に据えてきた。自動車産業が変革期を迎える中、車の設計思想そのものを見直そうとしている。
これまでの自動車づくりではエンジンを中心に据え、外観を整えた後に内装を設計するのが常識だった。一方アウディが提唱する新たなデザイン哲学では、自動運転によって乗員が運転から解放される未来を見据え、人間を中心に据えた居住空間や新たな体験の提供を重視する方向へとシフトしているという。同社ではデザインを単なる外観の装飾ではなく、顧客体験そのものを形作るための重要な経営戦略として位置付けている。
アウディを支持するファン層も、自動車のデザインを重視しているようだ。佐藤ブランドマネージャーはブランド価値を伝える手段としてのデザインの重要性を語る。
「ユーザーやファンに購入理由を聞くと、性能やサステナビリティ以上に『デザイン』という回答が最も多くを占めました。実は購入理由の第1位がデザインなんですね。自身のデザインセンスに自信を持ち、造詣の深いお客さまが多い。そうしたオーディエンスにアピールしようとした時に、アートという切り口は、非常に有効なコンテンツなのです」(佐藤ブランドマネージャー)
実際、同社は2025年の都市型ショールーム「Audi City 日本橋」オープン時に、蜷川実花氏とのコラボレーション車両を展示するなど、アートを軸にしたブランド発信を続けてきた。今回の木梨氏との取り組みは、その戦略をさらに進化させ、全国の店舗と顧客を巻き込む試みといえる。
高級車市場では、競合他社に見られるような「成功者のシンボル」「富の象徴」といった強烈な派手さをアピールする手法も少なくない。しかしアウディはそうした主張を避けるスタンスを美学として確立しているという。一方で、その独自のポジションは裏を返せば「目立たない」という課題にもなり得る。このスタンスを崩すことなく、いかにして顧客に選ばれる理由を作っていくのだろうか。
「アウディはブランドイメージが良くも悪くもそんなに強くありません。ただ、それが謙虚で洗練されていて、自分の価値観に合っていると考えて購入するお客さまが多いのです。そのような中、アウディが派手になって他ブランドと同じようになるのは本末転倒であり、独自の立ち位置で『選択理由』になりたいと考えています」(佐藤ブランドマネージャー)
この「目立たない」という課題を打ち破りつつ、ブランドの価値観を共有できる最適なパートナーとして起用したのが、木梨氏だった。
「Audi Q5のメインターゲットは40〜50代です。木梨さんはこの層に対し、ほぼ全員が知っているほどの圧倒的な知名度を持っています。お笑いタレントの枠を超え、本格的なアーティスト活動を長年続けていることも決め手となりました」(佐藤ブランドマネージャー)
自社の枠内に閉じこもるのではなく、外部の感性にブランドを委ねて新しいストーリーを立ち上げていく。それがアウディのブランディング手法なのだ。木梨氏もまた、企業とコラボレーションする際の発想について、こう明かす。
「自分の中で勝手にイメージを作っちゃうんです。『ハサミとノリで作ったこのキャラクターで、企業の人が映画化してくれないかな』とか(笑)。自分で勝手にイメージを生む大会は自由ですから。それを伝える前に準備して、相手の人が乗ってくれたら一気に話が動き出す。車へのペイントも、アウディさんがその自由な投げかけに乗ってくれたからこそ実現したストーリーなんです」(木梨氏)
そうした自由な発想を形にする上で、周囲と良好な関係を築きながら価値を高めていく姿勢は、木梨氏がエンタメの現場で長年培ってきた「チーム論」とも合致する。同氏は多様な人々との「共創」の可能性を、こう語る。
「僕らのテレビ制作の現場はコミュニケーションが全て。『おまかせ』で信頼し合い、自分は方向性のイメージを出して、最後は周りのスタッフが形にして仕上げてくれる。暴れてもいい環境をつくって、何十人、時には100人近くのチームが一つに固まって完成させる。一人で考え込んでも限界があるけれど、僕の作品のテーマであるREACH OUTと同じで、みんなと作れば、自分が届かない場所へも届かせてくれるんです」(木梨氏)
今回のアートカーのモチーフとなったのが、木梨氏の代表的アートシリーズであるREACH OUTだ。色や形が異なる多様な手が描かれたこのシリーズと、新型「Q5」には、どのような接点があるのか。佐藤ブランドマネージャーは、両者のコンセプトの共通点を指摘する。
「新型Q5は、日常のあらゆるシーンに寄り添い、新たな体験を生み出すことを目指しています。特にインテリアは『ヒューマンセントリック』(人間中心)をテーマに設計されました。人と人とのつながりを表現する木梨さんの作品世界と、人間を中心に据えたQ5のコンセプトは、深いレベルで共鳴しているのです」(佐藤ブランドマネージャー)
木梨氏もまた、自身のアートシリーズREACH OUTに込めた思いと、アウディの人間中心の思想、そしてブランドシンボルである「4つの輪」(フォーリングス)が深く共鳴していると語る。
「手と手をつなぐことで、互いに足りない部分を補い合い、一人では決して届かない場所へも手が届くようになる。アウディさんのエンブレムを見て、このつながりの輪がもっと増えていけばいいなと思ったんです。自社だけで閉じずに人とつながり、新しい価値を作っていく。それが『REACH OUT』のテーマであり、アウディさんのモノづくりや思想とも深く重なっています」(木梨氏)
木梨氏とのアートコラボレーションは、アウディにとってどのようなビジネス的効果を狙った施策なのか。
「直接的な販売増を狙うものではなく、目的はあくまで中長期的なブランディングです。既存のオーナーには『アウディはやはり感性の高いアクティビティーをしている』と感じていただくことで、ロイヤリティー向上につながります。また普段、自動車に関心のない層に対しても、ブランドの価値観を訴求できる新たなきっかけになると考えています」(佐藤ブランドマネージャー)
木梨氏が描いたアートカーは、全国のアウディ正規ディーラーを巡回する。これにより、普段はショールームを訪れない人々に対し、リアル店舗への来店動機を創出する狙いもあるという。
単に車両を展示して終わりではなく、全国の店舗、既存顧客、そして新たな来訪者を巻き込んでブランドの魅力を共に育てていく。木梨氏も、周囲を巻き込んで展開するプロジェクトの醍醐味(だいごみ)について、こう語る。
「今度絵本を出すんですが、その制作時も、ただ描くだけじゃなくて『音楽も作ろうよ』『お菓子も作ろうよ』って周りを巻き込んで団体戦で動くんです。自分一人の表現で終わらせず、いろいろな領域の人を巻き込んで全員で『グロース』(成長)していく。アウディさんとの取り組みも、全国のディーラーやお客さんを巻き込んで、みんなで新しい楽しみ方を育てていく『団体戦』だと思っています」(木梨氏)
多くのブランドが「目立つこと」に多大なコストを払う中で、アウディが選んだのは、アートを通して目立たないまま共感を得るという道だ。それは即効性のある施策ではない。だが、顧客が自らの価値観に照らして商品を選ぶ時代において、ブランドが投資すべきは認知だけではないということを、今回のコラボが示している。
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