両者の歩みを簡単に振り返りながら、現在の運営スタイルやコンセプトに至った経緯を見ていきたい。
ドトールの創業は1962年。喫茶店にコーヒー豆を卸す焙煎業としてスタートした。
創業者の鳥羽博道氏は、1971年の欧州視察で「立ち飲み形式」を知り、新たな喫茶スタイルの着想を得たと自著に書いている。朝、パリの地下鉄から出てきたビジネスマンたちは、オフィスではなく、シャンゼリゼ通りに面したカフェテラスに入っていく。
テーブルに座る人はほとんどいない。皆、カウンターに鈴なりになって、クロワッサンを食べ、コーヒーを飲んでいる。いかにも早朝にふさわしい活気が伝わってくる。
私はその様子を眺めながら「これだ!」と心の中で叫んでいた。
『ドトールニューマーケット創造の原点 150円コーヒーショップの奇跡はこうして生まれた』(鳥羽博道著/日本実業出版社/1988年9月)
帰国後、鳥羽氏は新たな喫茶店の経営スタイルを形にしていく。1972年にオープンした「カフェ コロラド」だ。従来の喫茶店はゆったりとした席が特徴だったが、コロラドは席の広さを従来の3分の2くらいにし、回転率を重視した配置にした。
客の目の前でコーヒーをサイフォンで一杯ずつ淹(い)れるスタイルも受け、1980年末には200店に達し、急成長を遂げた。
ドトールコーヒーショップが生まれたのは、そんなコロラド全盛期の1980年のこと。当時、石油ショック後の不況でサラリーマンの可処分所得が減る一方、コーヒーの値段は年々上がっていた。
わたしは「このままではいずれ喫茶店にはお客さまがこなくなるのではないか」と、喫茶業の将来に危機感を抱いた。そこで80年、おいしいコーヒーを安く提供する日本初の立ち飲み方式の喫茶店「ドトールコーヒーショップ」を始めたのである。このときの危機意識が、今も続く当社の成長の原点となっている。
鳥羽博道氏「巻頭随想:治にいて乱を忘れず」(『国民生活金融公庫調査月報 9月 No.473』中小企業リサーチセンター/国民生活金融公庫総合研究所編/2000年9月)
ドトールコーヒーショップは当時1杯150円という価格設定のもと、店舗経営の効率化を追求し、喫茶業界にいち早くセルフサービス方式を導入して、日本のカフェ文化をリードする存在となっていった。
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