とはいえ、計画は難航した。基本合意の時点では、2023年秋以降の開業を目指していたが、起工式が行われたのは2025年1月で、その場で施設の正式名称も発表された。結局、合意から開業までは約5年を要している。
「コロナ禍などを経て、世界は大きく変わってしまいました。そうした状況でも、私たちがやりたいことを実現しなければならない。本当に大変でしたし、建設会社や寄付者、行政の方など、たくさんの人に支えていただきました」と谷氏は振り返る。
特に影響が大きかったのは、ロシアのウクライナ侵攻だという。ドイツやイタリアから船で輸送する醸造設備は、戦争の影響で輸送費や保険料などが高騰し、船の手配もままならなかった。
一方で、けがの功名もあった。開業に向けて採用したスタッフがなかなか大阪に赴任できなかった分、トレーニングに長い時間を割くことができたのである。「チームで働くこと、スキルを身に付けることについては非常にポジティブに働き、結果的に施設の立ち上げは非常にスムーズでした」と谷氏は力を込める。
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