もっとも、AIが本人訴訟を増やしたという直接的な因果関係については、議論が分かれている。MITのシャー氏ら自身、データの相関関係を示しただけであり、厳密な因果関係の証明には至っていないと認めている。米ジョージタウン大学法科大学院の技術研究所は、本人訴訟の増加傾向はChatGPTが登場する前の2021年から、すでに始まっていたと反論している。
また「AIによって訴えの中身が悪文化したのか」というと、必ずしもそうとは言い切れない。裁判官に棄却される本人訴訟の割合は、AI登場前の約60%に対して登場後は63%であり、本人訴訟側が勝訴する割合も以前から一貫して1%未満のままだ。つまり、結末の比率そのものはほとんど変わっていない。問題は、訴えの質が劣化したことではなく「質の低い訴えが同じ比率のまま、全体の件数だけが倍増したこと」にある。
生成AIは、高額な弁護士費用を払えない社会的弱者に対しても、裁判所への扉を開いた。その意味で「司法アクセスの民主化」に寄与した側面はある。
だが、提出された膨大な書面を精読し、反論を書かなければならない相手方や弁護士の手間は少しも減っていない。訴えの質が同じであっても、件数が倍になれば、その負担はそのまま訴えられた側と裁判所にのしかかる。劇的に下がったのは「訴える側のコスト」だけなのだ。
一方的に訴えられる側に回った企業や個人が背負わされるこの重いツケを、一体誰が払うべきなのか。法制度も社会も、まだその明確な答えを見いだせていない。
本記事は、エクサウィザーズが運営するAI新聞内の記事「弁護士なしの訴訟が米で急増」(2026年10月19日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。
湯川鶴章
AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。
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