クラック・デジカメの楽しみのひとつに『アントキノカメラ』がある。
ロングセラーがほとんどないコンパクトデジカメに限れば、ちょっと迷っているうちに販売中止になってしまう機種がなんと多いことか。手に入れようと心に決めていたのに、ほんの少しタイミングがずれたり、金額が折り合わなかったりして、まるで男女のすれ違いのようにそれっきりになってしまったデジカメ。きっとデジカメ好きの人には1台か2台、心当たりがあるはずだ。
ずいぶんと時間が経ってしまっているけれど、折りにふれ思い出してしまうデジカメは世間の評価はどうあれ、その人の心の中では間違いなく「名機」なのである。僕はそんなデジカメを『アントキノカメラ』と名付けたい。
ぜひ『アントキノカメラ』ともう一度出会い、しみじみと癒されてみよう。ネットで検索をかけて丹念に探せば程度の良い中古を手に入れることは容易だろうし、値段も高いものではないはずだ。
手に入れた「アントキノカメラ」はあの頃のままだろう。しかし自分は会えなかった時間のぶんだけ歳をとっている。きっと想像以上に色々な感情が溢れてくるはずだ。「成熟した趣味」とは、このようなわびさびという精神的な部分があってこそだと僕は思う。
今回取り上げる、僕の「アントキノカメラ」はペンタックスの「Optip 750Z」である。
2004年9月発売。その年の年末に大型量販店の店頭で、僕は750Zに出会った。薄型軽量化が進むコンパクトデジカメの中で、750Zの存在感は圧倒的だった。ここまでフィルムカメラを意識したデザインのデジカメは、おそらく初めてだったからだ。
僕は750Zの、このレトロな雰囲気が気に入って購入を考えたのだが、結局は縁がなかった。当時8万円近い値段が決断を鈍らせたのである。なにかもう一つ、例えばボディが本革張りだったりしたら僕は迷わず750Zを買っていたはずだ。
発売時点で一眼レフを含めて、ペンタックスのデジカメの中で最多画素数である700万画素の1/1.8型CCDを搭載した750Zは、スペック的には充分ハイエンドだけれども、ハイエンドなりの「押し出し」が足りなかったのかもしれない。
今回の記事を書くに当たって中古カメラ店やオークションを調べてみたのだが、あまり良い出物が無かった。販売台数もそれほど多くない機種だし、気に入って現役で使っている人がかなりいるようなのだ。そこでダメもとでペンタックスへ連絡を取ってもらったところ、なんと実機があるという。さっそく貸し出してもらうことにした。
手もとにやってきた750Zは、7年の年月を楽々と飛び越えた。古臭さをあまり感じないのは、7年前にすでにレトロなデザインだったからだろう。また、富士フイルムの「FinePix X100」が好評を得ている現在の状況をみると、750Zは「早すぎたコンセプト」とも言えるのである。
ボディの厚みはかなりある(42ミリ)が、ある年代以上のカメラ好きにはむしろ安心感があるサイズだろう。特大のモードダイヤルも視認性がよく(つまり老眼でもよく見えるということ)、使っていてストレスが少ない。
750Zに盛り込まれた機能も、かなり「レトロ」を意識させるものがある。例えば「3Dモード」は、今なら液晶上で見る3D写真を連想するが、750Zのそれは、ガイドに従って少し横にずれて2回シャッターを切ると2つのカットが並んだ写真ができあがる、というものだ。これをプリントすると、昔懐かしい「立体写真」ができるのだ。両目をよせて写真を見て、興奮していた子供の頃を思い出す。
このカメラと一緒にいる時の、この「癒し」の感じは一体何だろう?
スイッチを入れてから3秒ほどかかる起動時間が許せるデジカメなど、僕はほかに知らない。すべてがゆっくり、ゆったりと進んでいくこの感覚。シャッター音で「ニャー」という猫の鳴き声を選択できるユルさ。「あーこういうのあったなー」と懐かしさがあふれてくる。
写真を撮らなくても、ずっといじっていたい気分になるデジカメは、とても貴重だ。この楽しさが『アントキノカメラ』の真骨頂なのである。
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