アフリカのフィールドにいれば、毒を持った生物に遭遇することもある。その代表格がサソリとヘビだ。いずれも美しい生物たちだと思っているので、私にとっては重要な被写体である。ただし、毒を持っている相手である以上、それなりの注意を要することは言うまでもない。
サソリの仲間は、アフリカならば大抵どこにでもいる。南部アフリカだけでもその種数は100を越えるし、乾燥地帯からサバンナ、森林と、ほとんどの生態系にサソリ類は暮らしている。特に、カラハリ砂漠やナミブ砂漠といった乾いた環境での固体密度はかなり高い。
ただし、彼らは身を隠すのが非常に上手なので、それなりにしっかりと探さねばならない。砂丘地帯であれば、足跡をたどるという手段もあるが、最も効果的なのは、夜間ブラックライトを照らして辺りを探索することだ。すると、まるでクラブに白いシャツを着ていったときのように、サソリだけが蛍光色に発光する。場所によってはそこら中でピカピカと星の如く光り、とにかくその多さに驚かされる。
そんなにサソリがうじゃうじゃいて、危険ではないのかと思われるかもしれないが、夜間に外を裸足でうろついて踏んづけたりしなければ特に問題はない。靴の外装を貫通するほどサソリの針は大きくないからだ。ただし、フィールドでキャンプ生活をする場合、起床時、靴を履く前に必ず逆さまにしてから数回振り、中にサソリが入っていないことを確認せねばならない。
ちなみに、サソリの持つ毒の強さを外見から見分ける簡単な方法がある。それは、ハサミの大きさと尻尾の大きさを対比することだ。一般的にハサミが大きく尻尾が小さい種は毒が弱く、その逆だと毒性が強い。これはサソリが獲物である昆虫を捕らえる際に、ハサミと尻尾の毒、どちらにより依存しているかという生態上の違いから生まれる特徴だ。
一方ヘビは、南部アフリカには143種が生息しており、37種が毒を持つが、致死性の毒を有するのはそのうちの15種だ。血液を破壊する毒を持つアダー(マムシの仲間)や、神経の機能を停止させる毒を持つコブラ、マンバなどがいる。
中でも、最も恐れられているのはブラックマンバという種だ。普通ヘビは、よっぽど追いつめられなければ噛み付いてこないのだが、ブラックマンバは例外で、極めて攻撃的な性格をしているという。しかも分布域も広い。また。ドクハキコブラのように、相手の目に向かって毒液を噴射するというたちの悪い特技を持ったヘビもいる。
では、実際に南部アフリカのフィールドでこれらの生物に出くわし、身が危険にさらされることがどれくらいあるかというと、その可能性は至って低い。毒ヘビに噛まれて死亡する人の数も、例えば交通事故による死者数から比べればほんの微々たるものだ。何しろほとんどのヘビは、我々が彼らに気付く前に、こちらの気配や振動などを察知して姿を隠してしまう。人がヘビを恐れる以上にヘビは人を恐れているのだ。
アフリカでヘビの被害に遭うのは、そのほとんどが農作業に従事する人々だ。彼らは四六時中野外で作業をするだけでなく、ヘビの生息環境を開墾などの形で破壊し、相手を追いつめてしまうために攻撃されてしまうのだ。
そもそも、サソリにしろヘビにしろ、別に人に危害を加えるために毒を持っているわけではない。あれは本来獲物を捕らえるためにあるもので、いざという時だけそれを防御に転用しているだけだ。蚊やダニといった人間その他の血液を吸うために向こうから寄ってくる寄生虫の類と違い、サソリにもヘビにも、自ら進んで人を襲う理由はないのだ。従って、毒を持っているからという理由だけでことさらに恐れる必要もない。
肝心なのは、相手の生態や性質を理解すること。あとは「君子危うきに近寄らず」だ。まあ、私のように、写真が撮りたいがために積極的に相手を探し、わざと近付いてゆくような輩は仮に噛まれたり刺されたりしても、自己責任の範疇なので文句を言う筋合いではない。
ところで、夏になったせいか最近やたらと“危険生物”という言葉を目にする気がする。大抵は殺虫剤の広告だったり、テレビ番組のキャッチコピーだったりするので、つまるところ人の恐怖心をあおってもうけようとする人々によって用いられている言葉のようだ。無知から生まれる恐怖心は、人を無用な殺生へと駆り立てる。特に、毒を持つ"危険生物"は即刻駆除せねばならないものとして扱われる傾向が顕著だ。
数多の生き物を、毒を持っているからというだけの理由で、“危険生物”などというネーミングで十把一絡げにしてしまうのは如何なものか。我々も自然の一部であり、自然に依存してしか生きられないのだから、身の回りの生き物たちとの付き合いかたをもう少し考えてみてもよいのではないかと思う次第だ。
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