反LinuxのFUDとの戦い――パート263Magi's View

数ある市場調査レポートを目にするときには、そこにFUDテクニックを用いた情報操作がないかどうか注意する必要があるが、幾つかのポイントを押さえておけば、それらを簡単に見極めることができる。

» 2005年04月20日 21時53分 公開
[Joe-Barr,japan.linux.com]
SourceForge.JP Magazine

 ユーザー、開発者、そしてジャーナリストとして、私が25年にわたって関わってきたパーソナル・コンピューティング業界では、顧客やベンダーが自社とは別のソリューションを検討しないよう、多くのFUD(恐れ、不確実、嘘)が生み出されてきた。

 1990年代初頭、Microsoftの従業員が偽名を使い、CompuServe上でFUDを流布していることをわたしが突き止めたとき(これが悪名高いSteve Barkto事件)から始まり、現在は、Info-Techによる「Mid-sized businesses not interested in Linux(中規模ビジネスではLinuxは不評)」と題された研究結果などの形でこれが続いている。この研究の一部はここで閲覧できる。このレポートが、わたしのFUDセンサーに引っかかったのである。レポートをひととおり読み、この筆頭執筆者とも話をしたが、このInfo-TechのレポートはFUD検査陽性であるばかりか、FUDテクニックのお手本のようなものだと言わざるを得ない結果となった。

 このレポートの作者と連絡を取る前に、この調査とレポートはMicrosoftの資金提供を受けて行われたものではないということが確認できた。なお、調査で使用されたデータは、年収10億ドル以下の企業に勤める1422人から集められたものである。

 アンケートによる調査の正当性を確かめるためには、公表された結果だけでなく、アンケートそのものについても調べる必要がある。特に重要な要素は次の5つだ。

  • 回答者数
  • どのような人が回答したか
  • 回答者はどのように選ばれたか
  • 質問の内容
  • 質問の形式

 公判での陪審員と同様に、アンケートの回答者をどのように選択するかによって、調査結果が変わってくる。政治の調査を思い浮かべるとわかりやすいだろう。回答者の大部分を特定の政党から選んでいても、結果は全国民の意見を反映しているかのように公表される。

 今回のケースでは、回答者1422人はいずれもInfo-Techの顧客であり、電子メールでアンケートへの回答を要請されている。この回答者に偏りがあれば、それが結果に反映される。しかしこの調査結果は、特定の市場全体の意見であるかのように発表されており、顧客の一部に対して行った調査であることには言及していない。

質問に関する質問

 わたしは、このレポートの筆頭執筆者であるInfo-Techのリサーチ・ディレクター、フランク・ケルシュ氏とコンタクトを取り、アンケートで使用した質問を提供してもらえるかどうか尋ねた。すると彼は、公表できるのは結果のみで、質問は公表できないと答えた。「ですが、結果を見ていただければ質問の内容はだいたい分かると思います」と彼は言うが、それが本当なら、質問を公表しない理由がないではないか。

 Linuxは中規模企業に不向きであるというこの調査結果について、調査大手IDCの副社長、ダン・クズネスキー氏に聞いた。クズネスキー氏からの返事は、「わたしはこのアンケートがどのように行われたのかを知らないので、この件についてはコメントできません。回答者の分布もわかりませんし」というものだった。つまり、業界の専門家でも、情報が足りないために調査結果の正当性を判断できないのだから、一般のITマネージャや意思決定者が、このレポートの信憑性を確かめることなどできるはずがないのだ。

レポートに偏見があるか

 このレポートには、誤解を招くような言葉遣いが多くあり、一部誤った内容もある。まずは見出しから見てみよう。「大部分の中規模企業はLinuxに興味なし」――この調査のどこにも、この主張を裏付ける数字はない。

 最初にこの調査結果に目を通したとき、文章と数字の矛盾が目に付いた。レポートには「現在Linuxを利用していないユーザーのうち48%が、(Linuxに)興味がないと答えている」とあるが、わたしの計算によれば、73%のうちの48%は、全体の35%にすぎない。これを「大部分」と呼んでいいものだろうか。

 Info-Techはわたしのこの指摘に感謝すると同時に、「現在Linuxを利用していないユーザーのうち」という文章を削除すると伝えてきた。ついに、「Linuxに興味のない48%」は、全回答者の48%であるということにされてしまった。しかし、48%でもまだまだ、Info-Techが「大部分」と言い張るには足りないだろう。

 わたしはケルシュ氏に、たった一部の意見になぜ「大部分」という紛らわしい表現を使ったのかと尋ねた。彼は、これが紛らわしいとは思わないという。ほかのグループのうちいくらかは、「興味がない」グループに上乗せできるというのだ。彼の説明によれば、「Linuxを導入するかどうかわからない」という選択肢を選んだからといって、Linuxに興味があるとは限らないからだという。

 しかし、興味がないのなら、回答者は「興味がない」という選択肢ではっきりと意思表示できるのだ。実際、48%の回答者がこれを選択している。そのほかの回答者の中にも興味がない人がいるだろうと考えたのはケルシュ氏であり、回答者本人たちではない。ケルシュ氏が、48%という値を水増しし、誤解を与える文章を添えて過半数に仕立て上げたのだ。

 わたしはさらに、今後3年のうちにLinuxを導入する計画があると答えた10%の回答者を「たった10%」と表現したのはなぜか、たずねてみた。彼は笑って、「そうですね、10分の1という人数は、誰が見ても少ないのではないでしょうか。『たった』という表現は行き過ぎだったかもしれませんが、少ないことには変わりありません」と答えた。

 しかし、ケルシュ氏の発言には自己矛盾がある。「大部分」という言葉について弁明したとき、彼は「ほかにも、分からないと答えた人が15%というかなりの割合でいる」と語っているのだ。実際は14%のところを15%と言ったのはいいとしても、表現が問題だ。ケルシュ氏の中では、Linuxを導入すると言った10%は「ほんの10%」であり、分からないと言った14%は「かなり」なのである。この基準は、実際の数字ではなく、対象が何かによって左右されているようだ。

 この矛盾に気付いたのはわたしだけではない。ダナ・ブランケンホルン氏はZDNetで、「Info-Tech Research Groupは、Microsoftは今後たった3年間で、最大の勢力を持つ中規模ビジネス市場において10%もの顧客をLinuxに奪われるとする調査結果を発表した」と書いている。ダナ氏が言っているのは、もちろん、情報操作を考慮に入れて、ということだ。

実際のところはどうなのか

 Linuxは、ケルシュ氏の言うとおり、中規模ビジネス市場で低迷しているのだろうか。ほかの誰に聞いてもそんな気配はない。オープンソース・アーキテクチャの専門家であるOSDLのビル・ワインバーグ氏は次のように語った。

 年収10億ドル以下の企業においてLinuxの利用率が低迷しているという事実はありません。12月に発表されたIDCのデータは中小および大企業を対象とし、Linuxデスクトップ、サーバ、Linux向けソフトウェア・パッケージの全世界での収益は、2008年には350億7000万ドル、つまり、年成長率25.9%で増加するという、明解かつ信憑性の高い予測を示しています。

 ダン・クズネスキー氏は次のように述べている。

 IDCはLinux実装環境用ソフトウェアの市場の成長を予測しています。今後、ソフトウェアを入手し、Linuxベースの機能をサポートするために古いシステムを調整するという作業は減り、企業ではLinuxがプリインストールされたシステムを購入する機会が増えるでしょう。この傾向によって、市場では(1)Linuxの販売数が減る(2)単純なディストリビューションよりも、エンタープライズ向けのバージョン(メンテナンスおよびサポート・サービスが含まれる)が好まれるようになる(3)これらのLinux製品による収入が増加する(4)Linuxベースの機能を実現するために、数は少ないが大規模なシステムが導入されるようになる、という変化が起きると考えられます。

結論

 このレポートでは「中規模エンタープライズ市場への参入、もしくは勢力拡大を狙うLinux関連のベンダーにとって、現在の状況は厳しい」という情報操作が行われたと考えていい。

 では、典型的なFUDがどんなものかを考えてみよう。このレポートの目的は、Linux関係者が中規模ビジネス市場から手を引くように仕向けることだ。実は、「現在の状況は厳しい(This does not bode well)」という表現は昔から使われている。90年代初頭、OS/2がMicrosoftのFUD攻撃の被害者となったときにも、あるFUD戦略家が「状況は厳しい」とあまりに頻繁に述べたために、「TDNBW」という略語がFUDの別名として使われたほどなのだ。今回のレポートも、TDNBWのたぐいだったといえるだろう。

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