クラウド時代に真価が問われるもの――力を発揮できるチーム作りとはマネジメントの真髄

企業の多くがクラウド活用を進めていく中、これまで以上に真価を問われるのはシステム運用管理をつかさどる部門だ。自社のサービスプロバイダー事業部門でISO/IEC20000の認証範囲を着々と拡大させているNTTコムウェアは、力を十分に発揮できるチーム作りに取り組んでいる。

» 2009年09月09日 06時00分 公開
[大西高弘,ITmedia]

国際規格の認証取得範囲を拡大する理由

 ISO/IEC20000はITサービスマネジメントに関する国際規格だ。企業内のIT部門を含むサービスプロバイダーが、顧客が要求する品質レベルのサービスを提供する仕組みを確立しており、その仕組みを継続的に維持し、改善していくために必要な事項を規定している。ISO/IEC20000はITILと内容はほぼ同じだが、継続的な改善のためにPDCAサイクルを活用することを推奨している。また、認証、審査登録に用いられることを前提として作られているところも、ITILとは異なる点だ。「当社はサービスマネジメントにITILを活用しております」といっても、ケースによっては、社内でITILに準拠する用語を一部統一しているだけということもあり、もちろん活用という意味では虚偽とは言えないまでも、第三者機関が証跡を確認するというレベルではない。

 NTTコムウェアは、電気通信事業からソフトウェア開発、システム・ネットワーク構築サービスなど幅広い事業を展開している企業だが、サービス事業にも豊富な実績を築いており、ハウジングサービスやホスティングなど、MSP(マネージドサービスプロバイダー)分野でのサービス事業者として金融、製造、流通などさまざまな業種の企業200社以上の顧客を持つ。

 IT関連事業社やユーザー企業がサービスマネジメントのベストプラクティス集であるITILを参考にして業務改善を行い、その取り組みの証跡としてISO/IEC20000の認証取得に動くのは、ISMSなどと同じく自然の流れだが、NTTコムウェアはサービスマネジメントに関連する同社サービス事業本部のサービスプロバイダ部において、2007年1月以来、毎年着々とその認証取得範囲を進めてきた。現在はサービスプロバイダ部内のほぼ9割の部署で認証を取得しており、2009年度中にすべての部署で取得する予定だという。データセンターや運用サービスなどを提供している社内スタッフのみでも約300人という規模の部署で、ここまでの取り組みをしているのは珍しい。関係者の話によるとこうした取り組みが広がるきっかけは、トップダウンではなく、現場からのボトムアップによるものが大きいという。

実践が難しい継続的な改善活動

「エンドユーザーのメリットは何か、という問いがサービスレベル向上の基本となる」と語る中曽根真三氏

 サービス事業本部 サービスプロバイダ部のビジネス推進担当スペシャリスト、中曽根真三氏は、次のように話す。

 「ISO/IEC20000の認証取得を2007年1月に一部の部署で実現したというのも、動きとしては早い方です。しかし、認証取得をしただけではお客様には何がどう変ったか、どんな違いがあるのかは見えにくい。これを見えるようにするにはどうすればいいか。そのためには継続的な部内での改善活動が必要だ、という現場からの発想がありました」

 ITILに準拠し、ISO/IEC20000の認証取得を受けるというのは、例えば、サービスレベルの均質化が実践されている、という証跡を取るということにつながる。ある特定の担当者は分かっているが、それ以外のスタッフは個別の問題について対応できないというのでは困る。スタッフ全員が顧客のあらゆる問題に対して情報を共有し、適切な対応ができます、という証跡をとるために第三者機関の監査を受ける。ただし、例えそうした証跡があっても、顧客にとっては自社のシステムトラブルをどうするかが最大の関心事だ。そして、サービスプロバイダ部内のスタッフが日ごろの改善活動によってそうしたトラブルを未然に防いだとしても、顧客にとっては恐らく「当然のこと」としか感じられない。国際規格の認証取得を進めていくことは当然、チームとしてのレベルを確実に上げていくわけだが、それを顧客に見える化し、実感してもらうには、どうしても時間がかかる。

 中曽根氏は、認証取得後の継続的な改善の難しさについて次のように話す。

 「ITILにしても、結局は人がすべての鍵を握る。では、人はどうすれば力を発揮するのか。どんな仕事でも『やらされ感』は時として付きまといます。認証取得についてもそうです。では『やらされ感』にまみれてしまうのではなく、積極的に個々のスタッフが力を発揮できる環境とはどんなものなのか。それを考える上で、基礎になるのは、顧客が求めているのはシステムの可用性にとどまらない、広範囲なニーズにどう応えていくのか、というテーマが根本になるのです」

個々の仕事や課題を共有するチーム

 「認証の取得範囲がほぼ全部署に及んでいます」という取り組みの事実が、現実に顧客に対してどんなメリットをもたらすのか。それを考えたときにチームの継続的なレベルアップ策が見えてくる。それがNTTコムウェアのサービスプロバイダ部が達した最初の結論だった。

 同部では、複数の5人から10人の小集団で構成される「KAIZEN-WG」(改善ワーキンググループ)という改善活動を通して、継続的なサービスレベル向上に挑戦している。ISO/IEC20000の認証取得の範囲が広がるとともに、顧客サービスでの故障やトラブルはかなり減少しているが、その成果はこの改善活動が大きく影響しているという。チーム内で互いを支えあう称賛を形にする仕組みづくり、各自の課題の共有化などが進められている。

 「仕事の質・量の高かった人には『ファイヤーマン賞』、問題が顕著化する前に対応した人に対しては『防御率賞』といったように、必要に応じて賞を設立したりもしています。それから互いにたたえ合う、互いの業務を理解し感謝の気持ちを表すことが自然にできるチームにすることが、結局は顧客の満足度につながります」と中曽根氏は話す。

 お互いを称賛し合うという環境作りは、いろいろな企業が取り組んでいることだ。NTTコムウェアでは、これとチーム内のスタッフが自分の業務だけにこだわらず、他のスタッフの業務、課題も理解し共有することをセットにしている。お互いをたたえあおう、感謝しようというスローガンは誰もが賛同するものだが、それを実践し続けるには「これはわたしの仕事、課題。あなたの仕事や課題は知らない」という関係では表面的なもので終わってしまう。

外部企業も巻き込む活動でレベルアップを

 エンドユーザーである顧客の要望にどう応えていくのか、それが改善プロセスを確実に進めていく上でのメインエンジンになる。NTTコムウェアが出した結論には、「そんなこと当たり前だろう」という声も聞こえてきそうだ。しかしNTTコムウェアでは改善活動に参加するスタッフを自社のスタッフにとどめていない。サービス提供において同社のスタッフとともに取り組むサプライヤー企業とも、改善活動を進めている。

 「当社のスタッフだけが課題を共有していれば、最終的なエンドユーザーへのサービス向上を本当に実現できるのか、という現場の声がありました。常に密接にかかわるサプライヤー企業のスタッフの方々とも、確実なサービスとは何か、どうすれば実現できるかといったことについて話し合い、具体策を講じています」と中曽根氏は語る。

 NTTコムウェアでは、サプライヤー企業のスタッフも交えて「なぜなぜ検討会」という会合を持ち、故障やシステムトラブル発生の原因を徹底的に突き止め、再発防止策を検討しているという。

 「サプライヤー企業にとって当社は顧客であるので、どうしても会社間の壁ができてしまう。しかし、われわれとサプライヤー企業には共通の顧客がいるわけですから、エンドユーザーに対して何をすればいいのかということを一緒に考え、実行することが、最終目標となるはずです。改善活動のパワーアップには、こうした取り組みは欠かせません」

 確かに何か問題が起こったとき、エンドユーザーはNTTコムウェアとサプライヤー企業のどちらに問題があったのかといったことには興味がない。誰がかかわっても自社のシステムが安定して運用され、改修がなされてもその後問題なく稼働することを望んでいる。

 中曽根氏も次のように話す。

 「確かに、最初はなかなか本音が出てこないという面もありました。しかし粘り強く続けていくうちに、何がエンドユーザーにとって問題なのか、どうすればいいのか、といった話がどんどん飛び出すようになり、作業の手順書作成などでも工夫がされ、共同作業で認識の違いがないようにガイドラインを作る取り組みが進んでいます。サプライヤー企業のミスで何かの故障が起こったとしても、われわれとしては『おたくに任せていたのだから』と突き放すわけにはいかない。そんなことをしてもエンドユーザーには何のメリットも生み出さないからです。それならば、外部の企業も巻き込んで改善活動を進めて、内容の濃い再発防止策や改善提案を顧客に提供した方がはるかにメリットが高い」

 付け加えると、外部企業も巻き込むことは、問題を隠ぺいしたり、故障やトラブルの原因を見えにくくすることを防いでくれるだろう。外部企業が必ず都合の悪いことを隠すという意味ではなく、中曽根氏のいう「会社間の壁」を壊さなければ、問題の本質が見えてこないケースが増えてくることは間違いないからだ。

NTTコムウェアの改善活動の概要(資料提供、NTTコムウェア)

クラウドの質を支える運用管理部門

 NTTコムウェアのエンドユーザーのメリットを追求することを根本とした改善活動は、見方を変えれば、多様な顧客のさまざまな要望に応えることのできるPDCAサイクルの確立ということになるだろう。現実の業務の中では、時としてそのサイクルにほころびができる。それは業務の中では、想定外の事態が必ず発生するからだ。ほころびを修正し、経験した不測の事態を新しいナレッジとしてすぐに共有するという、体力なり、免疫力がなければ、チームとしての本当の強さは生まれない。

 中曽根氏は今後の展望について次のように話す。

 「運用管理部門はエンドユーザーに最も近い存在。日々の運用の中でさまざまなニーズが顧客に発生していることを感知しています。これからは、運用管理という業務だけで改善活動しているだけでは済まなくなる可能性が出てくると考えています。運用管理面での最適なサービス提供を基本にして、顧客のシステム全体のライフサイクルにかかわることが出てくるはずです。システムコンサルティング、システム開発という上流工程ともっと密接に1つのサイクルの中で、何が顧客にとって大切なのかを指摘し、最適なシステムを実現する役割が増えてくるはずです」

 中曽根氏のこの展望は、当然クラウドコンピューティングのさらなる浸透をにらんだものだ。NTTコムウェアでも、「SmartCloud」というソリューションを開発し、顧客へのサービス提供を進めている。ITリソースの柔軟な活用が眼目となるクラウドの世界では、まさにエンドユーザーの「百社百様」のニーズと利用形態が考えられる。このときサービスプロバイダ部の総合的なサービス力が問われる格好となるだろう。中曽根氏は、同部のチーム力がクラウドという新しい環境において、これまで以上に顧客のニーズに応えていくはずだと考えている。

 クラウドサービスの品質はインフラだけが担うのではなく、その活用を支えるチームのマネジメント力も大きく影響する。それが当たり前のように語られる日も近いのではないか。

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