企業価値を向上させるIT基盤構築

日本のクラウド市場の現状とクラウドの価値へのフォーカスクラウドがもたらす本当のメリット

クラウドに関する企業ユーザーの声は厳しい。それが何を意味するのかがいまだ分かりにくく、まして何を提供してどのような利便性が生まれるのかの説明がなされていないからである。クラウドがもたらす変化や体験を正しく伝え、理解されることが、本当のクラウドを企業へ推進することにつながるのである。

» 2010年03月17日 08時00分 公開
[栗原潔,ITmedia]

(このコンテンツは日立製作所「Open Middleware Report vol.50」からの転載記事です。)

 クラウドコンピューティングという概念がIT業界のメインストリームで議論されるようになってから、少なくとも2年が経とうとしている。ほぼすべてのITベンダーが何らかの形でクラウド戦略を推進している。メディアも積極的にクラウドのトピックをカバーしている。この傾向はしばらくは続きそうだ。

 しかし、このような状況にもかかわらず、依然として企業ユーザーのクラウドに関する混乱は続いているようだ。第一に、クラウドが具体的に何を定義するのかが明確ではないと多くの企業ユーザーが不満を述べている。もちろん、クラウドの基本的なモデルについてはある程度の共通認識がある。雲に例えられるネットワーク側(より具体的には社外のデータセンタ)にほとんどのデータやアプリケーションプログラムが存在し、パソコンなどユーザー側の機器はアクセス機能のみを提供するというコンピューティング形態だ。しかし、この基本的モデルを超える詳細レベルになると各ベンダーの定義はまちまちであり、自社のビジネスに都合が良いようにクラウドという言葉を拡大解釈しているケースも散見される。

 第二に、クラウドが一般企業に提供する価値が明確でないという声が聞かれることもある。一般消費者向けのクラウド、例えば、GoogleAmazonなどが提供する一連のサービスを考えれば、その価値は明らかだろう。ネット接続とブラウザさえあれば多様なサービスをいつでもどこでも極めて安価に(多くの場合無料で)利用できる。また、アプリケーションの負荷に応じて自由にリソース使用量を拡張できる基盤サービスの特性は、ベンチャー企業にとっては望ましいものだ。しかし、これらのサービスを一般企業でそのまま活用して十分な価値を提供できるかについては疑問の余地がある。最大の懸念材料はセキュリティ、そしてサービスレベル(特に可用性)の保証の問題だ。一般消費者向けやベンチャー企業向けとは特性が異なるエンタープライズ向けクラウドサービスを求める声は大きい。

 ITベンダーは(さらには、IT系メディアも)これらのユーザーの声を聞き、単なる一時の流行ではない、企業に長期的な価値を提供できるクラウドのあるべき姿をユーザーに伝えていき、日本国内企業のニーズに合致したサービスや製品を提供していくべきだろう。ここで、クラウドに関して技術的な定義を明確化することはもちろん重要だが、しかし、それ以上に重要なのはクラウドが提供するユーザーにとってのメリットにフォーカスすることだろう。ユーザーにとっての最大の関心事は、評価するシステムが「クラウドの技術的定義」に合致しているかどうかではなく、どのような価値を企業経営に提供してくれるかだからだ。

「社内クラウド」に意味はあるのか?

 企業IT向けのクラウドの議論においては、パブリッククラウドをインターネット経由で他社と共有して使うというやり方ではなく、企業内で自社専用のクラウド環境を実現しようという動きが顕著になっている。インターナルクラウド(社内クラウド)あるいはプライベートクラウドなどと呼ばれる概念だ。正確に言えば、これらの概念はクラウドの定義には必ずしも合致していない。一般的なクラウドの重要な特性である、「所有」から「利用」へ(機器を自分で所有するのではなく他者が所有する機器を従量制料金で利用するという考え方)、そして、同一のIT基盤を複数企業が共用するというマルチテナント性を満足していないからだ。これを理由として「インターナルクラウドはクラウドではない」と主張する「純粋主義者」のベンダーもいる(このような意見を述べるベンダーはインターネット上のパブリッククラウドのみを提供しているベンダーであることが多い)。

 しかし、ここでも重要なポイントは、前述のとおり、言葉の技術的定義よりもユーザーに提供できる価値に置くべきだ。社内クラウドの仕組みにより、クラウド的なシステムの価値を企業内で実現できる可能性が開ける。しかも、パブリッククラウドを企業で利用する場合の最大の不安材料であるセキュリティ、そして、サービスレベルという問題も大きく改善できる。とすれば、社内クラウドには十分な検討の意義がありそうだ。もし、社内クラウドをクラウドと呼ぶのは正しくないという批判が強ければ、別の名前(例えば、「次世代型IT基盤」)で呼べばよいだけのことだ。

 繰り返しになるが、ユーザーは社内クラウドを評価するにあたり、「このシステムは技術的にクラウドと呼べるのか?」という質問ではなく、「このシステムは当社にどのような価値を提供するのか」という質問を投げかけるべきだ。

クラウドの「コンシューマリゼーション」を活用せよ

 今日の情報通信関連テクノロジーにおいて一般的に見られる動向の1つに、企業向けテクノロジーよりも一般消費者向けテクノロジーの方が先行するケースが増えてきているという点がある。いわゆる「コンシューマリゼーション」と呼ばれる動向だ。

 過去においては、先進テクノロジーはまず企業において利用され、その機能を落とした安価なバージョンが消費者向け市場で提供されるケースが多かった(FAXなどがその典型例だ)。しかし、今日においては先進テクノロジーがまず消費者向け市場で活用され、普及した後に、企業内に取り込まれるケースが増えている。例えば、GUIやスマートフォンなどがその典型例だ。ゲーム機のプロセッサがスーパーコンピューターとして利用されるケースなどもこのパターンに当てはまるだろう。これは、今日のテクノロジーの基盤となっているソフトウェアや半導体において「規模の経済」が有効に働くからだ。つまり、消費者向けの大量生産製品の方がコストの点で圧倒的に有利ということだ。今後の企業IT戦略では消費者向けテクノロジーをいかに企業内で活用していくかが差別化の重要ポイントの1つとなるだろう。

 クラウドの世界でも一種の「コンシューマリゼーション」がある。GoogleやAmazonなどが一般消費者向けに提供しているクラウドの世界はある点では従来型の企業ITよりも優れた使い心地(エクスペリエンス)を提供してくれている。ユーザーはどこにいてもサービスをほぼ無停止で利用することができる。過負荷状態が発生してもサービスが利用不能となることはほとんどない。パソコンからでも携帯電話からでも機器の違いをあまり意識せずに同じサービスを使うことができる。これらの特性は今までの企業ITではあまり見られなかったものだ。

 もちろん、これらの一般消費者向けクラウドサービスは堅牢性や安定性という点では従来型の企業システムと比較して不十分な点がある。しかし、堅牢性・安定性を維持しつつクラウド的な使い心地を提供できれば、企業ITの価値を大幅に拡大できそうだ。ユーザーの満足度を大きく向上するとともに、IT部門側の管理負荷も削減できる可能性がある。

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