TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアは、個人や企業を攻撃する情報を簡単に発信できる。その危険性と注意点を、最近起こったソーシャルメディア上での告発事件を題材に、オルタナティブ・ブロガーの福田浩至氏が解説します。
(このコンテンツはオルタナティブ・ブログ「ショック・アブソーバー」からの転載です。エントリーはこちら。)
11月5日、Googleの女性テクニカルライターがTwitterの男性エンジニアから性的いやがらせを受けるという事件がおきました。
発端は被害者女性が投稿したブログです。A Hell of a timeとタイトルされたブログには、そのときのことが赤裸々に書かれています。
この事件が注目されたのは、GgoogleとTwitterという著名な先進企業の関係者同士のトラブルということだけではありません。被害者女性は加害者男性の実名をブログに掲載したのです(わたしは実際にそのような事実があったのか検証する立場にありませんが、本稿では話を単純にするために、女性テクニカルライターを被害者・男性エンジニアを加害者と断定表記しています)。
被害者自らが実名を公開しているブログで加害者の実名を公開した行動について、「勇敢だ」との称賛や「やりすぎだ」との非難、加害者のプライバシーに関する考え方など、多数の意見がネット上で飛び交いました。Twitter上でもさまざまな議論がなされました。被害者のブログにも300件を超えるコメントが寄せられています。このブログをテーマにした記事は、The Huffington Postやcomputer worldなどでいまも確認できます。議論が派生して、これらのメディアが実名報道したことについても賛否の意見が多数投稿されています。
TechCrunchは記事をいったん掲載しましたが、現在は削除しています。しかし画面キャプチャや魚拓ページが数多く存在し、記事を掲載した事実を完全に消し去ることはできていません。削除したこと自体を題材にしたブログも見られます。
これらのことが、1日を置かずに全世界に配信されてゆきました。ネット上でのバイラルの威力を痛感させられる事件です。しかし本当に恐ろしいのは、被害者・加害者双方のプライバシーのありようです。
被害者のことは、問題となったブログのみならず、Twitterで現在の様子まで日本に居ながらチェックできます。Flickrにはたくさんのスナップ写真が投稿されています。疎遠になっているご主人のことまで分かります。
加害者についても同じです。さすがにTwitterもブログも事件後はアップデートされていませんが、過去のブログを読めば、Twitterのエンジニアということだけはなく、100ノードのAmazonEC2をコントロールする手法やクロスサイトスクリプティングなどの豊富な技術知識を持つエンジニアであることが分かります。
そもそも、被害者も参加したカンファレンス「ApacheCon technical conference」でスピーチをするほどの人です。また、おおよその住所や、スキー・ハイキングが趣味であることも分かります。Linkedinのアカウントをチェックすれば、出身大学や執筆している書籍も分かります。16才で起業してからの職務経歴もたどれます。
被害者は許しがたい行為に対して、ブログで実名告発することで加害者に制裁を加えたいと考えたのでしょう。おそらく、その目的は達成したのではないでしょうか?
日本でも犯罪者の実名報道の是非が議論されることは珍しくありません。しかし、新聞にせよ週刊誌にせよ、メディアは編集者がチェックしたものでなければ、世の中には配信されません。Twitterのツイートであっても、組織のしかるべき立場の人が承認して初めてアカウントから発信できる運用をしている企業も少なくありません。
テレビもライブ中継以外は、放送前にさまざまなチェックを経由した上で電波に流れます。尖閣諸島での漁船衝突事故の映像も、海上保安庁の職員がYouTubeに配信する前にCNNに情報を提供したにもかかわらず、ニュースとしては配信されませんでした。
しかしソーシャルメディアでは、従来の運用は通用しません。個人の判断でいつでも配信できます。これまでも、ブログや2ちゃんねるなどのメディアを通じて加害者の実名を暴露したケースも多くありました。しかしソーシャルメディアの普及に伴い、情報の拡散力は格段に高まりました。
一昔前であれば、憤りや恨みを持つ相手や組織に対して個人が制裁を加えようと考えた場合、「喧嘩をする」「警察に通報する」「関係部署に訴える(商品の不満であれば「JARO」、労働問題であれば「労働基準監督署」など)「訴訟を起こす」といった手段が講じられてきました。より過激な制裁活動として、「自宅周辺でビラをまく」「告発文をFAXで加害者の関係先に送りつける」といったケースを見かけたこともありました。
そしてこれからの時代に制裁を試みる人は、効果があるとなればソーシャルメディアを使うことも検討することでしょう。実際に事件も起きています。
記事では借金返済が滞った顧客に対して、債権者の金融会社がFacebookを使って取立て行為に及んだことを伝えています。つまり顧客のFacebook上のフレンドに対して、「連絡をくれるように伝えてほしい」旨のメッセージを配信したのです。Facebookは法律的にも、利用規定にも違反している強迫行為・迷惑行為に当たるとの見解を出しています。すでにその取立て行為を違法であるとして訴訟も起きています。
しかし事後の結末には関係なく、被害者は借金返済が滞っていることがすでに知人に知られてしまいました。フレンドとしてつながっている「まだ会ったこともないフレンド」にも読まれているかもしれません。会ったこともない人にまで「お金にだらしがない人」としてレッテルを張られている可能性があります。今後、金融業者にどのような刑事罰が加えられようと、Facebookが利用禁止措置をとろうと、その情報を目にした知人の記憶を消すことはできません。
品行方正で人に迷惑をかけたことがない人でも、他人ごとではありません。偽の情報を流されることも考えられます。そのような仕打ちを受けた人の対応策は、ネット上では毅然とした態度をとることしかありません。偽の情報を受けた人々は、その態度と普段の行動を思い出して、情報の扱いを考えるでしょう。
情報を発信する方にも大きなリスクがあります。上記のように法律に裁かれることもあるでしょう。総じて個人を攻撃する態度は、歓迎されることではありません。「そういうことをする人」という目でみられることになるでしょう。その覚悟をもって行動した場合には、誰も防ぎようがありません。
しかし、怒りに任せて前後の区別なく突発的に行動することは、自重してもらいたいものです。先日の尖閣諸島沖での漁船衝突事故のビデオ流出にしても、そのときは自分の保身よりも大勢の人に映像を見せたいとの思いが優ったのでしょう。称賛の声も上がりましたが、ニュースを読む限りにおいては、今となっては本人自身はその行為を「今回の行動が正しいと信じているが、公務員のルールとしては許されないことだったと反省もしている」としています。
このような大事件でなくても、酔った勢いでTwitterを使ったりブログを投稿して、しらふに戻ったときに果てしなく後悔する経験をしたことのある人も少なくないでしょう。実際つい先日も、わたしがよく知るオルタナブロガーが、酔った状態でソーシャルメディアに投稿したことを延々と後悔していました。
Social Media Sobriety Testは、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアに参加する際の精神状態をチェックする、Webブラウザのプラグインソフトウエアです。設定したWebブラウザで該当するページにアクセスすると、画面上で移動する円をマウスで追跡したり、アルファベットを「z」から「a」まで逆順に1分以内に入力することが求められたりします。いずれも酩酊状態ではクリアすることが難しいテストです。インストールした後、この機能を有効にする時間帯やサービスを設定するだけで、簡単に利用できるようになります。
これはサービス提供者にとっても、場を荒らされないために歓迎するサービスでしょう。いまも子供に見せたくないWebサイトでは「大人かどうか」を聞いてきますが、いずれ「精神状態が正常かどうか」を確認するサービスが増えてくるかもしれませんね。
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