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» 2011年09月16日 08時00分 公開

NTTドコモの顧客サービスは震災の危機をいかに乗り越えたか(2/2 ページ)

[伏見学,ITmedia]
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わずか1週間で復旧

 コンタクトセンターのシステム基盤をリニューアルし、さらなるカスタマーサービスの強化に向けてまい進していこうとしたその矢先、日本を絶望のふちに突き落とす天変地異が起きた。

ドコモショップ石巻東店(上)と陸前高田店跡(出典:NTTドコモのWebサイトより) ドコモショップ石巻東店(上)と陸前高田店跡(出典:NTTドコモのWebサイトより)

 2011年3月11日14時46分。マグニチュード(M)9.0を記録した大地震は、東北地方の太平洋沿岸部を中心に壊滅的な被害をもたらした。NTTドコモも例外ではなかった。通信ビルにおける設備の被災や商用電源の途絶などが発生し、約150万回線の固定系サービス、6720の移動無線局、約1万5000回線の企業向けデータ通信サービスなどでサービス中断を余儀なくされた。加えて、販売店「ドコモショップ」でも、東北地域においては、建物が全壊、あるいは津波によって跡形もなく流されてしまうなどの甚大な被害が見られた。

 こうした緊急時にこそ、ユーザーはカスタマーサポートを必要とする。しかし、宮城県仙台市に拠点を構えるインフォメーションセンターでは、地震によって天井が崩落し、カスタマーサービスを停止せざるを得なかった。

 「お客様のために1日も早く復旧させなくては」――。そうした強い気持ちが社員を奮い立たせた。震災発生の翌日、交通機関が完全にストップする中、仙台のインフォメーションセンターに勤める200人のうち30〜40人の社員は自宅から徒歩で出勤した。数時間かけてオフィスにたどり着いた社員もいたという。こうした彼らの懸命な働きによって、わずか1週間でインフォメーションセンターは業務を再開した。

 復旧までの数日間、仙台のインフォメーションセンターに届くコールは、長野、北海道、関西、九州の各インフォメーションセンターで対応した。「3月11日の午後5時には長野でコールを受け付けられるようになり、その夜には他拠点へのコールフローの変更が完了していた」と大原氏は説明する。また、このように迅速かつ柔軟な対応が可能だったのは、新システムによるところが大きいという。システム刷新によって、業務のバックアップ環境をも構築できたというわけだ。

 ただし、このたびの震災を受けて、コンタクトセンターのシステム基盤はより強固にしていく方針である。現在、サーバは東京のデータセンターで一元管理しているが、今年10月に大阪で新たなデータセンターを立ち上げる。元々はキャパシティの拡張が主目的だったが、BCP(事業継続計画)としての機能も担うこととなった。

「BCPを策定する上で、システムの拡張性、柔軟性、信頼性という3要素は不可欠だ。それを実現するためにGenesysのプラットフォームは必須といえよう」(大原氏)

 ※本記事は、2011年8月25日にオーストラリア・メルボルンで開催された「G-Force Melbourne 2011」での講演を基に作成。

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