「農業は“経験と勘”といいますが、農業の経験がない私たちにはそれがない。だから作業のたびに記録をつけて、“何が変わったか”を見ていくしかなかった」――。経験者ゼロを逆手に取った農業ベンチャー、NKアグリ。その成功を支えたIT活用法とは?
写真の現像機メーカーが農業に転換――。この“真逆”ともいえる事業に挑戦しているのが、機能性野菜の開発で知られるNKアグリだ。彼らの野菜は、スーパーの店頭に並んでいる“きれいでお行儀のいい野菜”とは異なり、形がふぞろいだったり、曲がったりしている。しかし、栄養価や味、歯触りのよさで負けることはなく、市場の反応も上々だ。
そんなNKアグリの親会社は、写真の現像機で知られるノーリツ鋼機だ。デジタルカメラの普及に押され、世界でトップシェアだった現像機の需要がまたたく間に減っていくさまを目の当たりにした同社は、2009年に経営方針を刷新。この年を“第2の創業”と位置付け、「時代の変化に強く、変化の先駆者となる事業」を展開する方針を打ち出した。
同社が新事業のテーマに選んだのは、食と環境と医療の3分野。NKアグリは、機能性野菜の提供を通じて食を豊かにする企業として2009年11月に誕生したのだった。
スタート時の社員は7人で、いずれも農業経験はゼロ。右も左も分からないなか、半ば“体当たり”で実験を繰り返すしかなかった状態がかえってデータ重視の姿勢を生んだ。
「農業は“経験と勘”といいますが、農業をやったことがない私たちにはそれがありません。ですから、作業をするたびに記録をつけて、“何が変わったか”を見ていくしかないと思ったのです。最初に手掛けたレタスの水耕栽培工場の中には、温度や湿度、日照時間、肥料の濃さを測るセンサーを取り付けてデータを集め、レタスの生育状況との相関関係をチェックし続けました」――NKアグリ代表取締役社長の三原洋一氏は、当時をこう振り返る。
例えば、レタスの形が急に変わってしまったときにデータをチェックすると、“1週間前から夜の温度が25度を超えていた”というような変化のポイントがあったという。こうした変化が起こるたびに論文を確認したり、共同研究している教授に問い合わせたりしながら改良を重ね、“データ野菜”の開発に取り組んだ。
「“市場が求める野菜”を徹底したデータ管理のもとで生産し、安定供給すること」も重視した。それが、既存の農業との差別化につながると考えたからだ。
その結果、生まれたのが、“市場のニーズに応える”野菜の数々。栄養価を考えて野菜を選びたいというニーズに応えるのは、リコピンを豊富に含む「リコピン人参 こいくれない」。普通の人参にはほとんど含まれていない栄養素を多く含むように栽培された野菜だ。食感の違いを楽しみたい消費者をターゲットに開発したのは「しゃきしゃきフリル」「やわらかルビー」といった、異なる歯ごたえと口当たりのレタス。均質で画一的な野菜とは一線を画する個性派野菜は注目を集め、今では全国30都道府県40社の量販店に並んでいる。また、リコピン人参を生産する農家も10都道府県に拡大した。
“データ農業”が軌道に乗り始めたNKアグリが直面したのが、人手不足から生じるさまざまな課題だった。1つは営業や商談で全国を飛び回っている三原氏が、なかなか経費伝票や稟議書を承認する時間がとれなくなったこと。出張から戻ると書類が山のように積まれていて、「30分くらいハンコを押し続けることもあった」(三原氏)という。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.