借金10億円、倒産まであと半年――創業100年の老舗旅館「陣屋」をたった3年でV字回復させた方法【特集】Transborder 〜デジタル変革の旗手たち〜(2/5 ページ)

» 2018年10月01日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

 「リーマンショックのような大不況が起こるとは思っておらず、義父の相続人に息子の名前も入れてしまっていたのです。正直、盛り返せるかどうか分からなかったですが、人に任せてもうまくいきませんでした――では、逃げることもできない。自分たちでやれば、いつ資金がショートするのかが分かるため、まだ対策がとれると思って引き受けました。義母には当初、相当反対されましたけども」(宮崎さん)

 こうして、2009年10月に宮崎さんは4代目の女将に就任。社長となった夫と共に陣屋の経営を引き継いだ。しかし、運転資金はあと半年でショートするという状況で、短期間で業績を改善する必要がある。時間がない中、陣屋の経営を分析したところ、さまざまな問題が見えてきた。

売り上げもコストも「誰も何も分からない」

 売り上げの面では、まず顧客情報も営業情報も分からない。データ(と呼べるのかも怪しい)が入院している前女将の頭の中や営業担当の手帳にしかなく、全体像が把握できなかった。Webページも貧相だったため、当時増えつつあった個人旅行者へのアプローチもできない状況だった。

 原価管理もずさんで、無駄なコストが膨らんでしまっていた。宿泊業の原価率は宿泊客数や宴会の有無で日々大きく変動するが、当時の陣屋は、食材費や人件費を月単位で管理していたため、指数を知りたくても、翌月末にならないと数字が出てこない。そのため、即時対応ができず、毎月原価率が激しく上下していたという。

photo 宮崎夫妻が経営に就任した当時に分析した、当時の陣屋が抱えていた問題点

 そして、当時は社員20人に対して、アルバイトやパートが約100人いたため、月末まで人件費が分からないという問題もあった。売り上げの実績も紙で管理しており、社員の誰も予算を知らない。フロントの横にある模造紙に、日々の売り上げを記入する習慣はあったものの、単に書いているだけで、売り上げが長期的にどう動いているのか、など数字の意味を考えることすらなかったそうだ。

 そこで宮崎夫妻はまず、120人の全社員にインタビューを行い、新たに旅館のコンセプト、つまり「社是」を決めた上で、それに沿う形で経営改善の方針を定めた。それは以下の3つだ。

  1. 低稼働率、高単価(付加価値)への方向転換
  2. “実験場”としての貴賓室活用
  3. ブライダル事業をスタート

 陣屋はこれまで1泊2食付きのプランを約1万4000円から提供していたが、個人旅行客に向けたクーポン割引などの値引き圧力に押され、2009年当時、最低価格が9800円にまで下がっていたという。しかし、値引いて稼働率を維持したところで受け入れ態勢が変わるわけではない。忙しくてももうからず、赤字は膨らみ、従業員が疲弊していくという負のスパイラルに陥ってしまった。

 実の無い売り上げをいくら積み上げたところで、1万坪の土地に20室しかないのだから、これでは採算が取れるわけがない――そう考えた宮崎夫妻は、稼働率を下げてでも利益を優先する方針へ転換。6年後の2015年には、3倍の3万円にまで宿泊単価を高める目標を立てた。そのカギとなったのが、貴賓室だった。

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