メルセデス、コカ・コーラが採用 「インダストリアルメタバース」とは何かMicrosoft Ignite Spotlight on Japanレポート

「メタバース」と言うとエンタメのイメージが強いが、産業分野でも世界の大企業に利用されている。製造プロセスや物流プロセスの効率化だけでなく、環境に配慮した製造過程の実現にも資するという産業用メタバースの“実力”をメルセデスベンツやコカ・コーラの事例から探る。

» 2022年10月20日 09時00分 公開
[大河原克行ITmedia]

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 日本マイクロソフトは、テクニカルカンファレンス「Microsoft Ignite Spotlight on Japan」を2022年10月13〜14日に開催した。米本社が開催する「Microsoft Ignite」と同じ日程としたことで、参加者はどちらのイベントにも参加できるようにしたのが特徴だ。米本社主催の「Microsoft Ignite」では米Microsoftのジャドソン・アルソフ氏(エグゼクティブバイスプレジデント兼チーフコマーシャルオフィサー)が「インダストリアルメタバース」をテーマに講演した。

Microsoftのジャドソン・アルソフ氏(出典:「Microsoft Ignite Spotlight on Japan」配信映像) Microsoftのジャドソン・アルソフ氏(出典:「Microsoft Ignite Spotlight on Japan」配信映像)

 Microsoftはメタバースを、エンターテインメント領域の「コンシューマーメタバース」、企業でのコラボレーションなどに活用する「コマーシャルメタバース」、産業分野向けの「インダストリアルメタバース」の3つに分類している。メタバースはエンターテインメント分野だけではなく、産業を変える技術としても立ち上がり始めている。

「インダストリアルメタバース」とは何か

 アルソフ氏は3つのメタバースの特徴を次のように説明した。

  • コンシューマーメタバース:ゲーミングなどでの活用が中心。没入感を実現する取り組みが先行している。「いきなり熱帯雨林にテレポートする」といった体験も可能になる
  • コマーシャルメタバース:次世代の没入感があるコミュニケーションとコラボレーションを実現し、仕事のやり方を刷新し、社会のとのコラボレーションの在り方を変えるだろう
  • インダストリアルメタバース:デジタルとフィジカルの世界をつなげるものになる。生産現場などに設置されたIoT(モノのインターネット)センサーからデータを収集し、ML(機械学習)を含むAI(人工知能)を利用して、メタバースの世界を構築する。製造プロセスや物流プロセス、サプライチェーンプロセスをより効率的に運用し、持続可能にするだろう
メタバースの3つの分類(出典:アルソフ氏の講演資料) メタバースの3つの分類(出典:アルソフ氏の講演資料)

 アルソフ氏は、特にインダストリアルメタバースについて「フロントラインの人たちはハンドヘルドデバイスを活用して操作する。その裏側でデジタルフィードバックループ(注1)を実現する。人がモデルに教えモデルは人に教えながら、進化を遂げていく」

 同氏によると、すでに数百社がインダストリアルメタバースを活用し、「デザイン」「ビルド」「オペレート」の3つのシナリオでの展開が行われているという。

 「物理的な空間でデザインしたものを組み立てようとすれば、必ずCO2(二酸化炭素)が排出される。インダストリアルメタバースは、メタバース空間でシミュレーションすることでCO2排出量や水の使用量を少なくできるのが大きなメリットだ」(アルソフ氏)

インダストリアルメタバースの3つのシナリオ(出典:アルソフ氏の講演資料) インダストリアルメタバースの3つのシナリオ(出典:アルソフ氏の講演資料)

洋上風力発電施設を効率的に設計したEquinor

 アルソフ氏は「デザイン」としてノルウェーに拠点を置くEquinorの事例を紹介した。石油開発や天然ガス開発などの上流事業からパイプラインの運営や発電などの中流事業、ガソリンスタンド経営などの下流事業まで手掛ける総合エネルギー企業であるEquinorは世界30カ国以上に約2万1000人の従業員を抱えている。

 同社は浮体式洋上風力発電施設の設計シミュレーションにインダストリアルメタバースを活用している。効率的な設計とコストの最適化、持続可能性を確認したという。

Equinorの浮体式洋上風力発電施設の設計シミュレーション(出典:アルソフ氏の講演資料) Equinorの浮体式洋上風力発電施設の設計シミュレーション(出典:アルソフ氏の講演資料)

環境に配慮した製造工程を実現したMercedes-Benz

 アルソフ氏は続けて、「ビルド」としてドイツに拠点を置くMercedes-Benzの事例を紹介した。高級乗用車や商用車を手掛ける自動車メーカーの同社は製造工場でインダストリアルメタバースを活用している。同社の電気自動車(EV)の最上位モデルである「EQS」クラスは、クルマそのものがサステナブルであるだけでなく、製造段階でも環境に配慮している。

Mercedes-Benzの製造工程のシミュレーション(出典:アルソフ氏の講演資料) Mercedes-Benzの製造工程のシミュレーション(出典:アルソフ氏の講演資料)

 「コンクリートを流し込む段階から機械の搬入方法、既存のアセット(設備)の有効活用までメタバースでシミュレーションし、工場を拡張した。インダストリアルメタバースのパワーを証明するものだ」(アルソフ氏)

 MicrosoftとMercedes-Benzは2022年10月12日(現地時間)、新たな協業を発表した。Mercedes-Benzの自動車製造工場に「Microsoft Cloud」を接続したデータプラットフォーム「MO360」(Mercedes-Benz Cars Operations 360)を導入し、2025年までに自動車の生産効率を20%向上させる計画だ。

 インダストリアルメタバースを活用し、生産プロセスをシミュレートして、エネルギーや水の使用量や、CO2や廃棄物の量を管理や監視、予測できるという。

生産ラインを可視化、製造設備を効率的に運用するCoca-Cola

 アルソフ氏は「オペレート」として米国に拠点を置くCoca-Colaの事例を紹介した。世界的な飲料メーカーであるCoca-Colaは欧州では29カ国に事業展開しており、55カ所の拠点で1時間当たり9万本を生産している。

 同社は12週間に渡ってインダストリアルメタバースを活用し、電力使用量を削減するとともに、よりよいサプライチェーンプロセスを実現したとしている。

 具体的には、MR(複合現実)ヘッドセット「Microsoft HoloLens」を活用した没入型デジタルツインによって、生産ラインのデータを活用して状況を可視化した。メタバース空間に表示される製造設備をクリックすると、リアルタイムの情報が表示されるとともに、MLが分析した情報も表示される。メタバース空間にはユーザーにアドバイスするアバターが登場し、エネルギーの使用状況などを伝えたり製造設備をより効率的に運用するための提案を行ったりする。

Coca-Colaの生産ラインの可視化(出典:アルソフ氏の講演資料) Coca-Colaの生産ラインの可視化(出典:アルソフ氏の講演資料)

 アルソフ氏は「インダストリアルメタバースはデザインやビルド、オペレートへの適用によってさまざまな業界において、エクスペリエンスの民主化を実現できるだろう。テクノロジーがビジネスの成果に直結し、よりよいプロセスの実現と効果的な仕組みを作ることができる。世界のサステナビリティの課題も解決できる」と述べて講演を締めくくった。

(注1)Microsoftが提唱するDXを推進するためのフレームワーク。顧客や従業員、業務、製品とサービスの4つの領域に存在するデータをAIで分析することで改善点をみいだし、改善活動につなげる。

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