ERP導入フェイズで、社内理解が得られずに失敗ERP導入プロジェクト失敗の法則(4)(2/2 ページ)

» 2005年11月19日 12時00分 公開
[鍋野敬一郎,@IT]
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ERP導入失敗事例――総論賛成、各論反対の進ちょく会議

 『ユーザー部門とERPプロジェクトチームの闘い』

事例D:ユーザー部門出身プロジェクトメンバーの不安

 「全社のマスタをすべて見直す作業は、業務負荷も高く難しい。特に全社統合BOM(部品表)を整備するなど夢物語じゃないのか」

 ある中堅企業DのERP導入プロジェクト、進ちょく会議でのプロジェクトメンバーの発言である。

 D社は、中堅クラスの産業機械メーカーで、顧客ごとに異なる仕様による個別生産と他社の追従を許さない迅速な納期に高い評価があった。ERPの導入を決め、プロジェクトは中盤を迎えていた。計画当初は高い目標と理想を掲げていたのだが、作業を進めていくにつれてERPパッケージの本当の実力も理解し、できることとできないことを見極めて判断すべき局面に入った。メンバー全員が共有する認識として、やはりパッケージは出来合いのものであり、既存システムでカバーされていた機能が実現されていないところが多々あるというものであった。

 お客さまニーズと品質レベルを現状より落とすわけにはいかないことより、焦点は不足機能を補強、強化することに置かれているのだが、当初の狙いには全社統合BOMの整備を行うことも2大目標として掲げられていた。

 プロジェクトチームの情報システム部出身のメンバーは、「確かに、5年前に2つの会社が合併してできた企業なのでBOMは重複やムダも多く、これが在庫管理を複雑にして生産性の効率化を阻害していることは分かっている。しかし、統合BOMの整備はこの際後回しにしてシステムの機能強化を優先すべきである。納期は守らなければならない」と主張している。

 他方、製造部門出身者たちは「BOMの整備は導入業者のコンサルタントができることはほとんどない。従ってわれわれがやるしかないが、10万以上もあるBOMを整備するのは厳しい。マスタの整備ができないことによるERP導入の遅延や失敗はよく聞く話だし、そもそも統合BOMの整備ができないのならば、別に既存システムをそのまま稼働しているのと機能面では大差ない。むしろ部分的にはスペックダウンともいえる。納期を守るのは賛成だが、そのためにこの問題を先送りしてもよいのだろうか」と考えているのだが……。果たして、ERPシステムが稼働すれば万事良しということなのだろうか。


失敗の理由とその対策(リスクポイント)

 このような状況は現実に非常によくあるケースだと思います。2社合併という経緯がなくても、BOMやマスタの見直し作業は大変な困難が伴うのも事実です。さらにマスタが整備できずに、ERPシステムの稼働が遅れるケースも多々あり、これによる移行データの作成が甘くシステム稼働後にこれに起因して安定稼働ができないこともあります。

 結論からいえば、これはERP導入が単なる業務システムの置き換えになってしまっており、莫大なコストと労力に見合った成果は出せないだろうと思われます。

 さらにこうした状況の中、プロジェクト進ちょく会議の席で、このテーマの議論に早急な結論を出すのは危険です。もし、情報システム部主導でERPシステムを構築した場合、その出来はかろうじて現行システムの機能を維持するだけのレベルになり兼ねず、ユーザー部門からの反発は必至でしょう。この場合のユーザーの抵抗は、既得権の維持というよりも、誰よりも業務の本質と目的をよく知っている業務部門ならではのものであって、尊重されるべきです。

 そもそも統合BOMの整備がプロジェクトの2大目標として掲げられているのですから、これを先送りしたのであれば「成功」とは呼べないでしょう。いずれにしても、全社レベルでの意思統一を再度図る必要があります。

 この局面におけるERP導入プロジェクトの失敗とは、納期を守ることを優先して、統合BOM整備の先送りを選択することです。システムを置き換えることが、ERP導入の目的ではありません。ERP導入の目的は、ERP導入プロジェクトを通して全社最適を阻む課題を洗い出し、これを解決するための行動を取り、その成果物としてERPパッケージを活用した新システムが稼働することではないでしょうか。

 プロジェクトメンバーが取るべき行動は2つあります。

 1つは、統合BOMを整備するために必要な作業が現状プロジェクトメンバーで対応可能かどうかの判断。メンバーの補充や強化が必要と判断したならば、速やかに上申して、体制の強化と人件費などの費用の再計算を行うことです。

 もう1つは、こうした状況を全社に公表して協力要請を行うとともに、これに伴うマスタスケジュールの見直しを行うことです。

 特に製造業におけるBOMの整備は、企業の競争力の源であるとともに、今後より厳しくなると思われる環境規制やトレーサビリティ対応に不可欠であることを全社で理解するよいチャンスです。

社内認知されないERP導入に成功はない

 ERP導入プロジェクトも作業が始まって中盤を過ぎると、作業も佳境に入り厳しくなるため、次第にプロジェクトメンバーから全社に向けた情報発信が減ってきます。こうした状況で、当初の狙いが安易な方向へ流れたりするケースが多く見られます。

 社内における認知度を継続的に高める手段として、社内報を活用した定期的な情報発信をし、イントラネットなどできめ細かく進ちょく状況や課題を掲載するなどして、エンドユーザーからの目を意識した情報開示を心掛けることが有効です。

 また、「移行・研修」の準備を早い段階で進めてユーザーの新システムに対する関心を高める工夫をすることも大切です。

 私が過去にお客さまから聞いたユニークな例としては、新システムへの移行を認知してもらい、かつ関心を持ってもらうために導入業者の女性コンサルタントと社内若手女性メンバーでキャンペーンチームを組んで、繰り返しイベント的な活動を行ったというものがありました。地方事務所や工場に、全員参加の業務として新システムの説明会を複数回開催し、その説明や懇親会の企画運営をキャンペーンチームが対応します。社内広報誌でこうした活動を逐次報告したとのことです。これを全部の工場、事務所で行うことにより認知度向上ができたとのことです。キャンペーンチームには、通常の出張とは違って各地の温泉への宿泊などを認めて社内報で、事務所所在地の紹介も兼ねて楽しい記事として掲載したそうです。

 ちょっとした思い付きなどで、幅広い関係者を巻き込んでプロジェクトを進めることができるものです。こうしたアイデアがプロジェクトを失敗させないコツです。

 良い情報も悪い情報も全社で共有して、意見や議論を恐れないことが案外重要なようです。経験豊かな導入業者の営業やコンサルタントは、こうした面でも豊富な事例をよく知っているので、上手に活用するとよいでしょう。

 次回は、導入したERPシステムが有効活用できずに“失敗”プロジェクトとなるケースについてご紹介します。

profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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