ERP導入効果が見えず、アップグレードもできずに失敗ERP導入プロジェクト失敗の法則(6)(2/2 ページ)

» 2006年01月31日 12時00分 公開
[鍋野敬一郎,@IT]
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ERP導入失敗事例――アップグレードできないERP

 事例Fには、ERPアップグレードのポイントが3つ出てきます。

事例F──アップグレードに直面して知るERPの真実

 中堅化学品メーカーのF化学工業は、2000年問題への対策時に導入した外資系ERPで構築した基幹系システムを稼働させており、すでに5年間以上稼働している。現在使用しているバージョンの保守サポート終了が迫っていることもあり、アップグレードを検討することになった。情報システム部門で早速会議が開催されたが、そこで予想外の課題があることが分かった。

 「現行システムのアップグレードと新バージョンに関する情報が不足していることについて、まず状況を報告してくれないか」と、情報システム部長が会議の進行を促した。ERPベンダに問い合わせをした担当者は次のように答えた。

 「この原因はERPベンダの営業担当者と疎遠になり、必要な情報が入手できていないことによります。導入時の営業担当者がすでに退社したとのことで、現在の担当者は当社の業務内容やシステムを知らず、われわれとの認識に大きなズレがあります。さらに単なるバージョンアップではライセンスの追加購入を伴わないため、担当者の対応が消極的です」

 「なるほど、ERPベンダにとってアップグレードはもうからないという認識があるようだな。いずれにしても速やかに情報収集する策が必要だと思う。次に当社の導入を行った業者についてはどのような反応だったか、報告してくれ」これに対して別の担当者が回答した。

 「はい。当社のERP導入を請け負った導入業者の営業担当とコンタクトが取れました。当時よりも規模が拡大していてERPパッケージも外資系と国産の数社の対応が可能であり、ERPと関連してBIEAIポータルなどの提案もできるとのことです。以前われわれのプロジェクトを担当した主なコンサルタントの確保も可能だそうです。ただし、費用については現在全員シニアレベルになるのでそれなりのコストは見込んでほしいとのことです。なお、当時のプロジェクトマネージャ(PM)はすでに退職し独立企業したとのことですが、サブリーダーや主要なコンサルタントは可能な限りそろえてくれるそうです。独立したPMの連絡先は聞いてあります」

 「了解した。予想以上に良い結果だ。当時は大手外資系ファームの導入業者とどちらを選ぶか迷ったが、いまにして思えば正解だったかもしれない」

 続いてさらに別の担当者が報告を行った。

 「悪い知らせで申し訳ないのですが、私のチームで今回のアップグレードに必要な概算費用を試算してみました。その総額ですが、ERP導入プロジェクト費用の約6割にもなります」

 「なぜ導入費用の6割ものコストが発生するのか」。予想もしなかった金額に部長は聞き返した。

 「はい、そういわれると思い、何度も試算してみたのですがやはり6割ほどになりました。実にアップグレード費用の半分以上が受注系アドオン部分の機能検証作業と新バージョンの標準機能の検証作業、そしてアドオン部分の手直し開発作業に必要な作業費用です。ご存じのとおり当社のシステムは化学業界の先進事例として受注機能を作り込みました。化学業界特有の内示、見込み、確定受注といった情報はERPパッケージの標準受注機能で置き換えできない機能でしたのでやむを得ないものでした。この部分がアップグレードの大きなボトルネックとなります。ERPベンダが提供するツールや保守サービスも含めて検討しましたが、保守料は新バージョンの提供を保証するだけでアップグレード作業をフルサポートするものではありませんでした」

 しばらく黙り、部長は報告資料に目を通した後でこの報告の妥当性を認めたが、ERPのアップグレードに対する自分の認識が甘かったことを知った。

 「今回の報告で、大まかな現状は分かった。ERPのアップグレードが難しいといわれる理由が今更ながらよく分かった。われわれはERPベンダの言葉を安易に理解していたようだ、あらためて『本当にアップグレードは必要なのか?』『アップグレード費用を最小化する手段はないのか?』『アップグレード以外の手段はないのか?』といった問題を整理し、具体的な解決方法を社長に提案しなければならない。次回会議はこの3つの問題の対処法を各自検討し、具体策を協議することとしたい。以上」


アップグレードを成功させる秘訣

 この事例のような悩みは、いずれERP導入企業すべてが共有することになるものです。こうした状況への対処法について説明します。

本当にアップグレードは必要なのか?

 これが最重要ポイントです。現行バージョンの保守サポート期間が切れるという理由だけで、莫大なアップグレード費用を捻出することは恐らく難しいでしょう。この理由でアップグレードを断行するならば、当然費用は最小限にする必要があります。まずアドオンプログラムが新バージョンで動作するか、動作検証をします。特にインターフェイス部分や文字コードなどテストデータを使ったチェックを重点的に行います。新バージョンの標準機能が上位互換であることも要チェックポイントです。新しいバージョンで現在使用している機能が確実に動作することに絞り込んだアップグレード作業を行います。

 一般的にはアップグレードプロジェクトという位置付けではなく、新事業や内部統制対応などビジネスニーズに沿った要件対応を目的としたプロジェクトに位置付ける必要があります。機能向上することによって、経営層やユーザーにシステムへの投資を認めてもらうシナリオが必要です。

アップグレード費用を最小化する手段はないのか?

 ERPシステム稼働後の機能追加変更で、アドオンプログラムを極力減らすアプローチが有効です。これは最近リーズナブルに入手ができるようになったEAIやポータルなどを活用して、次第にアドオンを外出しして減らしていきます。同時にERPの標準機能に取り込める他システムの機能は、ERPに載せ替えてシステムの統廃合を行います。アップグレードを行う際にも、単純にアドオンプログラムの動作検証をしてアップグレードをするのではなく、こうしたツールや外出しシステムを活用してERP標準機能を使いこなす工夫が必要です。

 住宅にリフォームという考え方があるように、システム変更もリフォームに通じた考え方ができるでしょう。リフォームは(1)水回り、(2)間取り、(3)設備・内装という順序で考えますが、システムリフォームも同様に(1)情報導線、(2)基盤・インフラ、(3)機能・サービスという言葉に置き換えて考えることができます。システムリフォームのポイントを表にまとめましたのでご覧ください。

即時対応すべき要件、リスクの洗い出し
緊急課題と優先度:課題リストの作成、コストと対応に必要なリソース、優先度を明記
既存システム活用度評価&改善プラン策定
システム統合・集約:システム数削減、インターフェイス数削減、開発・維持運用環境最適化
アップグレード、マイグレーションを考慮した中長期プラン
ライフサイクル管理:導入時ではなく、現状を踏まえたうえで再評価する姿勢(負荷、コストなど)
ハードウェア費用、ソフトウェア費用の見直し
統合・最適化メリット:サーバ統合、ベンダ集約、サーバ個々の稼働率をチェック。
未使用・非稼動管理:使わないものは要らない。要らないものは捨てる決断。
内部コストと育成(主に人件費や情報利用度ロス)
内部工数の最適化:要員とユーザーの稼動時間を抑制し、ノウハウ集約・利用度を向上する。
習熟度の継続的向上:要員とユーザーのスキルレベルを向上し、運用の品質向上を目指す。
システムリフォームのコツ
1. 水回り(情報導線)→コストインパクト高い、即効性あり
2. 間取り(基盤・インフラ)→統合メリットあり、中長期
3. 設備・内装(機能・サービス)→常に拡大する、要絞り込み
表1 システムリフォームのポイント

 実際の例としてはマイクロソフトが提供するBizTalk ServerやSQL Serverなどを導入して、安価に外部システムとERPを上手に使い分けているケースがあります。

アップグレード以外の手段はないのか?

 この課題に対しては、ケースバイケースの回答が考えられます。

 現行システムのアップグレードが今回の事例のように本当に高額になりそうな場合、取り得る手段は次の3つです。

 1つ目は、アップグレードではなく機能拡張のテーマを見つけてシステムの見直しを行うことです。しかし、これは先述のとおり簡単ではありません。

 2つ目は、手間の掛かるアップグレード検証作業を行うのではなく同じパッケージをベースとした新規導入プロジェクトとしてマイグレーションを行うことです。つまり新バージョンに対応した短期導入テンプレートを新規導入プロジェクトとして検討し、システムマイグレーションを行います。これならばライセンス費用も発生しませんし、検証作業を省いてテンプレート適用のメリットを得ることができます。ただし、機能面でダウングレードする部分も出ると思われますので、エンドユーザーとの十分な検討が必要です。

 3つ目は、ゼロベースでERPを見直すことです。

 ERP導入企業からよく聞く声として、「ERPベンダの保守料が高い」というものがあります。ご存じのとおり通常ERPの保守料はライセンス費用の15〜20%以上を毎年支払います。システムが安定稼働するほどサポートを受ける回数は減りますが、保守料はそのままですのでここに不満を感じるようです。

 ゼロベースで見直すということは、つまりERPベンダを見直すことを意味します。特に「会計機能だけ」というようにERPを部分的にしか導入していない場合には、他社ERPへの乗り換えも含めて検討します。日本ではまだ少ないようですが欧米ではERPベンダの再編もあり、こうしたERPからERPへの乗り換えも検討すべき選択肢として認知されています。現在日本のERP市場は中堅中小企業を中心にして活性化していますので、選択肢も広がっています。

 ERP導入効果を“定性効果”“定量効果”から“戦略的効果”を狙う手段として他社パッケージに乗り換えて、先進機能を実現し業界の先駆けとなる基盤を確立することも不可能ではないかもしれません。特に日本特有の業界要件や仕様をタイムリーに取り込めるベンダは多くありませんから、業界によって特定ベンダと戦略的に組むという選択肢はあり得るでしょう(実際にユーザー系情報システム会社がコンソーシアムで提供するGRANDITや、SAPジャパンのSAP Business Oneのパートナー開発アドオンプログラムを流通させるアドオンコミッティなどがこのような業界特化の機能搭載を狙った活動を開始しています)。

【関連記事】
GRANDIT(次世代ERPコンソーシアム公式サイト)
SAP Business One(SAPジャパン)

失敗から学ぶ成功のイメージトレーニング

 さて、全6回にわたって連載してきた『ERP導入プロジェクト失敗の法則』ですが、ERP導入を企画するところからアップグレードするまでERPシステムのライフサイクルを実際に筆者が見聞き経験した事例を基にご紹介してきました。「失敗は成功の母」という言葉もありますが、プロジェクトの渦中において自分が失敗と成功のはざまにいると認識できる人はほとんどいないでしょう。この一連の連載が、失敗を回避するイメージトレーニングとして参考になればと願っております。また、この連載をお読みいただくことによって「なんだ、同じような失敗や悩みを抱えるケースが結構あるものだ」とご理解いただき、厳しい局面で苦労しているのは自分だけでないことも知ってほしいと思います。

 「ERP導入プロジェクトなんて、もう二度とやりたくない」といっていたユーザー企業の担当者が、その後ERP導入コンサルタントとなり、同じ業界の同志として多数活躍しております。その方々の恐らくほぼすべてが、今回ご紹介したような経験から習得した失敗しないためのノウハウをユーザーの皆さまに提供したいと願っているに違いありません。

 ERP導入の勝者は、失敗を経験した方々やこれを踏まえて前向きに日々活動されている方々であり、常に厳しい視点でERPベンダや導入業者、そしてわたしどもコンサルタントに意見をしてくれるユーザー企業の皆さまだと思います。

今後も皆さまのお役に立てるような活動を続け、機会があれば今回書き切れなかった内容についてもいつの日かお伝えできればと考えております。

 長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。

profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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