感情移入ができない人に捜査はできない―捜査技術の第2条「捜し出したい人や物の気持ちを知る」―ビジネス刑事の捜査技術(7)(2/2 ページ)

» 2006年04月28日 12時00分 公開
[杉浦司,杉浦システムコンサルティング,Inc]
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売れない商品に客はなぜ手を出さないのか

 捜し出したいものが人でなく、物の場合は少し応用が必要になってくる。最初に考えなければならないのは、物といっても持ち主としての人間がいるのであれば、その人の思いや気持ちを推理することによって、その在りかも推理することができる可能性があるということである。

 例えば売れない商品があるとしよう。その商品になぜ客が手を出さないかについて考えるのであれば、反対に買ってくれた客がその後、その商品をどう使っているのかについて調べてみることである。人は美術品でもないかぎり、商品を買ってきてそのまま飾っておくことはしない。何かに使いたいから買っているにすぎない。

 だとすれば、商品が売れる理由は買った後の顧客の行動にこそヒントがあるはずである。商品を買った顧客は、買った後に期待したような満足が得られなければ、もう1度その商品を買おうとは思わないだろう。売れる理由も、売れない理由も、買った人がその理由を知っている。サービスを売っている人は、解約した人から不満足の理由を聞けばよい。繁盛している商売では、ターゲットとしている顧客層がはっきりしていて、その顧客が自社の商品やサービスを買ってくれている理由をよく理解している。物について考えるときは、まずその持ち主の思いや気持ちについて推理することが必要なのである。

ソリューションセリング

 マーケティング用語に、ソリューションセリングというものがある。商品を売りたければ、その商品によって顧客が解決したいと思っている問題を知れというものである。

 商品やサービスを購入する顧客には必ず何らかの購買動機がある。本を買う人と一口にいっても、知識を得たい人もいれば娯楽としてリラックスしたい人もいるだろうし、中にはコレクターとして保有することに価値を求める人もいるかもしれない。

 Amazon.comでは知識を得るための道具としての書籍を求める人のために、購入者のコメントを五つ星評価付きで紹介している。漫画喫茶などで漫画や雑誌を読む人は、本を読めることに対して料金を支払っているというよりも、ゆったりとソファーに座って音楽を聴きながら飲み物の飲んで、本やインターネットを楽しめるという、「ぜいたくなリビング空間でのリラックス」という体験に対して料金を支払っているように見える。

 ソリューションセリングを実践している企業は、探し出したいターゲット顧客像を見据えたうえで、その顧客が求めている価値について明確なコンセプトとして情報発信し、しっかりと顧客をつかまえるという、ビジネス刑事の捜査技術の典型例ともいえるものだ。

持ち主がいない物は探し出せるのか

 駅や警察に届け出のある遺失物にはさまざまなものがある。大切なかばんや高価なものの多くは善意の人によって発見されて持ち主の元                   に戻っていくが、傘の忘れ物はそのほとんどが持ち主が現れず処分されている。傘は年々価格が下がってきて、コンビニでは数百円で買えるようになっている。

 おそらく、落とし主にも傘に対する執着心があまりなく、届け出ようとする人も少ないのだろう。物を探し出そうとするとき、それに関係している人間側の方にあまり思い入れがない場合は大変困難になる。

 捜し物の場合も、もともと自分の方にそれに対する思い入れがあまりなかったものだと、なかなか出てこない。どこかに片付けたときは大したものではなく適当に整理して、後になってからどうしても要るものになったときに、自分がどこに片付けたのか思い出せなくなるのがこれに当たる。物は何でも大事にしなさいといっていた昔の人はやはり賢明だった。あらゆる物に神が宿ると考えて感謝する人がなくし物をするとは考えにくいのである。

ビジネスにおけるプラニングの大切さ

 最初に思い入れのあった物はなくすこともないし、なくしてもその在りかを推理することが容易になる。このことは、ビジネスそのものについてもいえることだ。

 起業時の事業プランやビジネスロジック、企画設計時の商品コンセプトはメンバ同士の話し合いで十分共有できていると思っていても、後になって実は当初からのメンバ間ですら考え方が違っていたということが少なくない。

 自社の定款を見たことはあるだろうか。うちの会社はなぜこの事業をする必要があるのか、この取引先と付き合いはそんなに大切なのか、会社の肝ともいうべき理念、方針を知らずに業績の良しあしを判断することがあってはならない。思い入れがしっかりした企業では、短期的な業績が悪化したとしても中長期的に見ればきっと成功している。事業に対する思い入れがしっかりしている企業はそうでない企業よりも、成功への方向性を探し出す可能性が高いのである。

感情移入ができない人に捜査はできない

 捜査がうまい人は相手の立場で物事を考えることができる人でもある。捜し出したいものが人でなく物であっても、その物の気持ちになって考えてみることが必要である。その技術は知識では身に付かない。日ごろからの気配りの姿勢が大事なのである。

次回の予告

 第6回では捜査の技術第1条「ターゲット定義こそ肝心」を、そして今回は捜査の技術第2条「捜し出したい人や物の気持ちを知る」についてご説明した。

 次回は、捜査の技術第3条「手掛かりをしっかりと押さえる」について説明する。捜査員は聞き込みによって犯人を追い詰める。ビジネス刑事は口コミによって顧客を誘導する。捜し出したい人や物の気持ちを知ることの大切さは分かっていても、その受信アンテナが鈍くてはどうにもならない。

 顧客の思いや気持ちはいつでもはっきりとした苦情や喜びとなって表されるわけではなく、ちょっとした表情や捨てゼリフとして瞬間に消えていっているのかもしれないのだ。

筆者プロフィール

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援等に従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンク社など、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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