Web 2.0が企業マーケティングに突き付けるものWeb 2.0マーケティング・イノベーション(1)(2/2 ページ)

» 2008年05月27日 12時00分 公開
[森田進,ストラテジック・リサーチ]
前のページへ 1|2       

ターゲットではなく、主役としての顧客へ

ターゲティング型からコミュニケーション型へ

 しかし、Webマーケティングの洗礼を受けてからは、マーケティングにとって「消費者(潜在顧客・既存顧客)との対話」が重い命題となってきた。実際のところ、ヒットしている商品・サービスは、顧客の声を直接反映したり、顧客との情報交換によって作り上げられていることが多い。

 マーケティングの領域における情報化とは、何も情報ツールや情報メディアを駆使し、デジタル化・効率化することが本質ではない。「対話」と「コミュニケーション」こそが、その本質だ。これらをキーコンセプトとするWeb 2.0の登場で、前述のような工業化時代のマーケティングの考え方がパラダイムごとがらっと変わってしまう可能性がある。

 Web 2.0の環境では、ターゲティング型マーケティングからコミュニケーション型マーケティングへの変化が顕著になる。また、Web 2.0以降では、消費者が発信メディアを獲得したことにより、ブログのネットワークやSNSのような「弱い絆の強さ」(注2)を特性とする新たなメディアが出現した。これらの出現は、購買心理形成のプロセスを着実に変えつつある。

「狩る」側に回った消費者

 コンテンツや商品をWeb社会で影響力を持っているインフルエンサーの目に触れるようにすることで、バイラル(口コミ)効果が生まれる。しかも、この効果は長期にわたって継続する。これは、ブランド価値創造の作法にも大きく影響している。マーケターにはWeb 2.0マーケティングという呼び方より「ソーシャルマーケティング」という呼称が好まれるのは、こうした事情による。

 具体的にいえば、これまで獲物(ターゲット)とされてきた顧客は、いつの間にか猟師(マーケター)以上に知恵(情報)の恩恵に浴し、より客観的で妥当な評価を下すものとして自他ともに認められるようになった。よりよい価値への探求、より妥当な価値へのアクセスという意味で、すでに猟師の方が狩られる側になり、立場は逆転しているのだ。

 すでにネット環境では、顧客は最もよく売れている商品を見つけ出す能力が与えられただけではなく、必要と思ったならばあるべき商品やサービスのモデル(価値)を提示し、さらにどのような売り手との間で取引関係を結ぶかという選択の権利まで持つことができるようになった。ターゲットとしての顧客(消費者)から主役としての消費者へというコペルニクス的転回が、いままさに行われようとしている。

マーケティングのパラダイムシフト

実質的な意味での顧客志向マーケティング

 いまでは顧客はさまざまなチャンスや情報源に囲まれており、必要なものや情報を入手するために宣伝広告のメディアに依存する必要もなく、朝からテレビCMのシャワーを浴びる必要もない。オンラインショッピングに慣れてしまえば、販売員の説明にストレスを感じたり、小売店に立ち寄る手間もなくなる。いまや顧客志向、顧客主体のマーケティングとは主義や建前ではなく、実質的な意味で必然であり、顧客は価値創造における中心的な存在となるのである。

 こうした潮流の中でいつまでも工業化時代のマーケティングパラダイムを拡大しようとしたり、ターゲットとしての顧客像にしがみつくことは、市場の変化が速い今日においては自らの首を絞めることに等しい。前述したように、マーケティングとはコミュニケーションであり、コミュニケーション構造を根本的にリモデル(本来の意味でのリストラクチャリング)することなしにマーケティング戦略を考えることは不可能だ。とりわけダイレクト・マーケティングを展開してきた大手企業にとって、このパラダイムシフトのインパクトは深刻であろう。

新たなマーケティングの潮流

 現在われわれが目にしているのは、マーケティング手法自体が企業という単位を超え、業界という枠組みをも超えて、パラダイムシフトを起こしている現象である。そして、このマーケティングのパラダイムシフトはもはや誰にも止められない潮流となっている。

 Webテクノロジの進化がそうであるように、企業のプロモーションやブランディングの手法もいままさに進化を遂げようとする変容期にある。

 以上、今回はWeb 2.0が企業のマーケティングに与える影響とその背景について概観した。今後、マーケティング分野を中心にWeb 2.0が企業や社会にもたらす影響について詳しく考察していきたい。次回は、今回は簡単に触れるにとどまった「口コミ・マーケティング」について詳しく取り上げる予定である。


注2: 米国の社会学者マーク・グラノヴェター(Mark Granovetter)が、米国ボストン郊外のニュートン市居住のホワイトカラー層を対象に行った求職者の転職情報満足度に関する調査(1970年に実施)から導き出された理論。
求職者自身の所属組織を含む「強い紐帯のネットワーク」から得られた情報よりも「弱い紐帯のネットワーク」から得られる情報の方が重要度が高く、満足度も高いことが分かった。知人の知人、異業者間の交流で見られるような弱いネットワーク(弱い紐帯)はイノベーションの伝播(でんぱん)にとって好都合であるという論法の中で引用されることが多い。
この「弱い絆の強さ」の理論は、ブログやSNSなど、強いつながりを持たない集団同士を結び付けるネットワークにおける情報伝播や、厳格な上下関係(階層構造)で構成される人間関係よりもフラットな関係と協調的な行動によって社会の効率性をより高められるとするソーシャル・キャピタルの在り方を考察するうえでも重要な考え方である。


筆者プロフィール

森田 進(もりた すすむ)

経営・ICTコンサルタント。ストラテジック・リサーチ代表取締役、「産・学・官リサーチセンター」主宰、国際印刷大学校客員教授。バランスト・スコアカード、ITガバナンスをはじめとする各種経営・公共モデルの導入支援、オントロジ工学、セマンティックWeb、Webサービス論の研究および白書監修。そのほか、SaaS、ナラティブ・テクノロジなど多岐にわたって探求を深める。著書に、『新たなビジネスモデルの覇者ASP』『複雑適応系と電子市場・電子取引』、訳書に『Webサイト完全マスター』ほか。論文に「eラーニングと物語論(ナラティブス)」「バランス・スコアカードの発展、枠組みの再構築」ほか多数。

産・学・官リサーチセンター: http://www.x-portals.com/


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ