金融危機でオフショア開発は停滞するか?現地からお届け!中国オフショア最新事情(13)(4/4 ページ)

» 2009年02月19日 12時00分 公開
[幸地司,アイコーチ株式会社]
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「何かあれば現地に飛んで対応したい」と出張申請があったら

 本稿の最後は、中国オフショア開発プロジェクトの現場で働く日本人チームメンバーの「心のケア」について考察します。まずは、東京の中堅ソフトハウスに勤務する中国大好き日本人SEとの会話をご覧ください。

――オフショア開発では、どんなことに気を付けていますか?(聞き手:幸地)

日本人SE 私は現場の人間なので、品質について最も気を使います。例えば、「最後に一発検収」なんてあり得ません。中国でモノが出来次第、こちらで段階的に確認します。

――どのように確認していますか?

日本人SE 中国のパートナーさんには、数値報告を徹底させています。といいつつも、私は中国からの数値報告をほとんど当てにしません。品質基準などの目標管理は上役に任せて、私は早めの現物チェックに限ると思います。

――なぜ品質指標などの数値報告を当てにしないのですか?

日本人SE 昨今は機密保持の理由によって、テストデータを中国側で自作する案件がほとんどです。低次元な悩みかもしれませんが、「中国では単体試験を合格するような都合の良いテストデータしか準備されていなかった」なんてことは日常茶飯事です。

 これは、オフショア開発ならではの課題だと思います。ほかにも、画面表示のずれや使い勝手の悪さなど、品質指標で管理できない不具合も少なくありません。

――現場・現物・現実の“3つの現”を重視する三現主義ですね

日本人SE トラブルの兆候を感じたら、すぐに中国に飛びたいのですが、予算の都合でそう簡単には許されません。私のようなしもじもの担当者が出張するのは決まって最悪の事態に陥ってからです。一方、部長さんが中国出張するのは、いつも安定した時期です。彼らの中国出張は、いつも楽しそうですよ。

職人魂は高く評価すべきである

 話し手の日本人SEは、「何かあれば現地に飛んで対応したい」と純粋な職人魂をアピールします。ところが現実は厳しく、予算の制約から日本人SEの海外出張は認められません。さらに、計画外の出張は上からの心証も悪いようです。

 そこで、オフショア開発フォーラムでは、中国オフショア発注側の設計者の立場として「何かあれば現地に飛んで対応したい」という日本人SEの職人魂に賛成か反対かを緊急調査しました。

ALT 「何かあれば現地に飛んで対応したい」という 日本人SEの職人魂に賛成か反対か

 結果は、賛成が67%、反対が22%でした。

 やみくもな規模拡大に終止符が打たれ、人材マネジメントの重点課題に変化の兆しが認められる昨今の事情を考慮したうえで、当該事例に対する私の見解はこうです。

職人魂は高く評価せよ。従業員の定着・維持のためにも、つまらぬ予算の制約による出張拒否はご法度である

 日本側のオフショア窓口担当が中国語ネイティブレベルの語学力を有しない限り、“いざ”というときの遠隔コントロールは機能しません。

 一方で、モグラたたきのようなその場をしのぐためだけの海外出張は、技術者を疲弊させるだけで、根本的な解決にはつながりません。普段から、開発プロセスの定量評価と段階的な現物レビューを徹底させることが何より大事です。

 「お客さまは神さま」的な日本市場では、出張費よりも「時間」の制約が大きいので、ある意味において無意味な出張を繰り返すオフショア開発が多いのも事実でしょう。ですが、行ってみて初めて分かることが多いのも事実です。

 現地事情を理解した上司が出張可否を判断するなら安心ですが、現状把握が甘い上司が「予算がない」の一言で出張申請を退けるのはいかがなものでしょうか。私は、特に景気後退局面における人材マネジメントの要諦“リテンション(人材定着:Retention)”の観点から、技術者の職人魂の否定につながりかねない「出張申請却下」の危険性を危ぐします。

 また、上司にとっての「プロジェクト成功」と、職人魂を持った現場設計者の「プロジェクト成功」は明らかに異なります。

 さらに、上司と部下とオフショア開発の成功を考慮する時間軸も違うので、表面上の「正論」だけで出張申請の可否判断を議論すると、人材マネジメントの本質を見失ってしまう恐れがあります。上司は、現場に対する正論の押し付けに慎重に対処しなくてはいけません。

まとめ

 本稿の前半は、米国オバマ大統領の誕生や世界中を襲った金融危機がオフショアリングに与える影響を考察しました。

  • インドIT業界はオバマ大統領の誕生を歓迎するも、短期的にはマイナス影響は避けられない

 本稿の後半では、日本市場におけるオフショア開発の最新動向を分析しました。

  • 好調だった大連の日本向けアウトソーシング業界にも陰りが見え始めています。

 大連ベンダの勝ち負けを決める要因は、経営者が「ソフトウェア開発」にコミットする決意と行動力です。「もうかるからIT、楽だから派遣、次は不動産」と浮気性な経営陣が運営する会社は見事に淘汰(とうた)されつつあります。

  • やみくもな規模拡大に終止符、人材マネジメントの重点課題は中途採用から新卒採用・人材育成へ移行

 2008年度のオフショア発注量は大きく下落する傾向。2009年度は下落率こそ低いが、低空飛行の安定状態が続くと予測されます。中国の人海戦術を支える初級プログラマレベルへの教育はますます重視されます。IT音痴の新人従業員でも、顧客志向と職人気質の強さがあれば、長期的な視点で育成します。

 ただし、オフショア開発フォーラムの独自調査結果から推測すると、マネジメント層を対象とする人材育成の取り組みは相変わらず低迷すると予想しています。マネジメント層については、“育成・トレーニング”ではなく、人材定着・維持が意識されるようになります。

筆者プロフィール

幸地 司(こうち つかさ)

琉球大学非常勤講師

オフショア開発フォーラム 代表

アイコーチ株式会社 代表取締役

沖縄県生まれ。

九州大学大学院修了。株式会社リコーで画像技術の研究開発に従事、中国系ベンチャー企業のコンサルティング部門マネージャ職を経て、2003年にアイコーチ株式会社(旧アイコーチ有限会社)を設立。現在はオフショア開発フォーラム代表を兼任する。日本唯一の中国オフショア開発専門コンサルタントとして、ベンダや顧客企業の戦略策定段階から中国プロジェクトに参画。技術力に裏付けられた実践指導もさることながら、言葉や文化の違いを吸収してプロジェクト全体を最適化する調整手腕にも定評あり。日刊メールマガジン「中国ビジネス入門〜失敗しない対中交渉〜」の執筆を手掛ける傍ら、東京・大阪・名古屋・上海を中心にセミナー活動をこなす。

著書に、『オフショア開発に失敗する方法』(ソフト・リサーチ・センター)、『オフショア開発PRESS』(技術評論社)、『中国オフショア開発実践マニュアル』(オフショア大學)など。

オフショア大學http://www.offshoringleaders.com/

オフショア開発フォーラムhttp://www.1offshoring.com/

アイコーチ株式会社http://www.ai-coach.com/


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