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» 2016年03月29日 15時51分 公開

麻倉’s eyeで視る“ブルーレイのアカデミー賞”、第8回ブルーレイ大賞レビュー(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/5 ページ)

[天野透,ITmedia]

ベストレストア・名作リバイバル賞 「黒いチューリップ」

今年のレストア賞はフランス映画。本作も近年の優秀なレストア例に漏れず、4Kスキャン・4K修復によって大サイズフィルムの質感を存分に楽しめる。往年のフランス映画特有のスモーキーな映像タッチも見どころ

麻倉氏:次はベストレストア・名作リバイバル賞です。これは最新技術による旧作の修復を評価するもので、今年は1960年代前半のフランス映画「黒いチューリップ」に栄冠が輝きました。

――フィルムマスターの膨大な情報量と気が遠くなる程、地道な修復を最新技術で積み重ねることによって、ホコリを被っていた旧作から想像を絶する驚愕のパワーが放たれることは、過去のこの賞で何度も証明されてきました。さて今年はどんな驚きの過去に出会うことができたのでしょうか?

麻倉氏:今回受賞した黒いチューリップはこれまでもDVDで出ていたのですが、Blu-ray Discでの登場は今回が初めてです。Blu-ray Disc化にあたってマスターの4Kスキャン・4Kレストアが施されました。それにより1960年代のフィルムが持つ時代性や豊穣さが大変丁寧に拾い上げられ、オリジナルの情緒的な味わいが一層際立ちました。

この時代のレストアでの名作は、例えばハリウッドなら「サウンド・オブ・ミュージック」や「ウェスト・サイド・ストーリー」が挙げられます。数年前にDEGでグランプリを取って大変話題になったヴィスコンティの「山猫」もこの時代のものですね。

――山猫は2011年度に最も売れた「スターウォーズ」を差し置いて、まさかのグランプリを受賞しましたね。受賞はもちろんですが、50年の時を経て実際に修復された映像を目の当たりにした時の衝撃は、今でも忘れられません。複数の知り合いにも画を見せて「実はコレ、50年前の映画だよ」と告げたところ、異口同音に「嘘だろ!?」という答が返ってきたのが実に痛快でした

麻倉氏:山猫がグランプリを取ったあたりから、Blu-ray Discにおける旧作レストアの可能性が大きく拓けてきましたね。この時代における65mmワイドスクリーンの大作フィルムは、丁寧な修復を経ることで未だに色あせぬ輝きが放たれる可能性を秘めています。しかも1980年代以降のフィルムに見られる大味な粗さと違い、階調性や色再現性などといったリソースの芳醇さをこの時代のフィルムは持っています。現代の4Kスキャン・4Kレストアによって、おそらくそれらは封切り時よりもきれいなものになるでしょう。Blu-ray Discと4Kの最新技術は、公開当時よりも鮮烈で美しい映像を我々に観せてくれるのです。

 レストアで蘇ったヨーロッパの作品群からは、色味がハリウッドとは明確に異なるということが読み取れるのが面白いですね。ハリウッドトーンはハイコントラストを前提に色がたっぷり乗っている画調ですが、精細さという点では、徹底してはいません。それに比べて「山猫」は精細感が非常に尖っており、フィルムグレインとはまた違った映像そのものの粒立ち感があり、細かなディテールの中に階調を読み取ることができます。比較をすると、ハリウッドは精細感よりも色の階調性や彩度感で攻めていますね。対して黒いチューリップはこれらとはまた違い、ザラついた画の中に光と影の情緒性が豊潤に入っていて、さらにしっとりとした色の階調性が乗るという独特の感性を湛えた質感です。同じヨーロッパの中でも徹底的に情報性にこだわったイタリアの「山猫」とは趣がかなり異なります。今回はグレインやノイズもあり、荒れた中で凄くスムーズという不思議な感覚の画が出てくる、オールドフィルムのザラついた質感は出ているのに、コンテンツ的には何故かスムースな映像です。滑らかにして荒れていて、ノイジーにしてクリアーという、なかなか味わい深い画に仕上がっています。

――そのあたりは民族性というか国民性というか、そういう感性が全面に出ていますね。お話を聞いていると、何だかクルマにも通じそうだと感じました。

 ちょっと脱線しますが、例えばアメ車はリンカーンナビゲーターにダッジヴァイパー、古くはシボレーベルエアやデューセンハーグといった黎明期のブランドに至るまで、大排気量のエンジンパワーに物を言わせて、巨像のように大柄な車体をブン回す迫力やスケールの大きさが魅力です。広大なアメリカ大陸を延々と突き進むためにこういったクルマが好まれてきた訳ですが、それに対してイタ車はフィアット500やアルファロメオMiToといった小型車から、マセラティクワトロポルテといった高級車、フェラーリやランボルギーニなどのスーパーカーに至るまで、デザインやエキゾーストなど非情にピーキーな官能性が見られます。これはきっとラテンの血と歴史に由来するものですね。

 おフランス車だとプジョーのネコ足や「大船に乗った」「魔法のじゅうたん」などと評されるシトロエンのハイドロニューマチックなどは、非常にしなやかに路面を捉えるスムースな乗り味が特長です。鼻母音が特長的なフランス語の語感や、モネやルノワールら印象派に代表されるフランス人の芸術観から来るものだろうと僕は思うのですが、こういった国民性の特長というのはオーディオにも工芸品にも通じると常日頃から感じています

麻倉氏:私自身がアルファ147とプジョー306のオーナーなので分かりますが、車に似た感覚というのは確かにありますね。同じ65mmフィルムでも国によってこれだけ画の調子に違いが出るのかという発見が、映画・映像ファンにとっての黒いチューリップの面白いところです。何とも独特な画の調子のテイスト感が、今回ヴェールを剥がされたようにクリアーになった訳ですが、4K解像度の修復が大変良く効いています。非常に情緒的で感性的な画に加えて、アラン・ドロンの若いころの美青年性というのも見どころの1つですね。

 発売元のシネフィル・イマジカによると、実のところこれまではいまいち売れていなかったのが、今回の受賞で追加プレスをかけるほどの売れ行きを見せているとのことです。多くの方に優れたレストアの魅力に気付いてもらえたのならば、審査員としても苦労のし甲斐がありますね。

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