著者プロフィール:保田隆明
やわらか系エコノミスト。外資系投資銀行2社で企業のM&A、企業財務戦略アドバイザリーを経たのち、起業し日本で3番目のSNSサイト「トモモト」を運営(現在は閉鎖)。その後ベンチャーキャピタル業を経て、現在はワクワク経済研究所代表として、日本のビジネスパーソンのビジネスリテラシー向上を目指し、経済、金融について柔らかく解説している。主な著書は「投資銀行時代、ニッポン企業の何が変わったのか?」「M&A時代 企業価値のホントの考え方」「投資事業組合とは何か」「なぜ株式投資はもうからないのか」「株式市場とM&A」「投資銀行青春白書」など。日本テレビやラジオNikkeiではビジネストレンドの番組を担当。ITmedia Anchordeskでは、IT&ネット分野の金融・経済コラムを連載中。公式サイト:http://wkwk.tv/ブログ:http://wkwk.tv/chou
テラメントという企業が、アステラス製薬、ソニー、三菱重工業、トヨタ自動車、フジテレビジョン、日本電信電話の計6社の株式をそれぞれ51%取得したというガセ告知をEDINETを通じて行ったことが、話題となっている。
EDINET(Electronic Disclosure for Investors' NETwork)とは、上場企業に関する適時開示を行うシステムであり、会社が経営戦略上の重要な発表を行うとき、例えばM&Aや自社株買い、資金調達などの発表は、このEDINETを通じて行われる。投資家はEDINETでの発表内容を常時モニターしており、それをもとに株式売買を行うことも多い。
今回のガセ告知がなぜ可能となってしまったのか。それは、EDINETへの告知内容をチェックする機能が存在しないからである。提出した内容がそのまま自動的に外部に公表されてしまうというシステムになっていたため、今回のような悪意のある存在がガセ告知を行えば、それがそのまま独り歩きしてしまうということになる。
EDINETで告知を行うのは企業と投資家だが、企業は市場からの信頼を勝ち得てこそ自社株式の適正な売買が市場で行われるのだから、企業自らが間違った情報をEDINETを通じて流すことは、それが故意でなくとも大問題となる。従って企業がガセ告知を行うインセンティブはまずない。一方、投資家がEDINETを通じて行う告知の多くは、企業の株式の5%以上の株式を取得した場合や(「5%ルール」と呼ばれる)、投資ファンドが企業にTOBを仕掛けた時などである。
村上ファンドやスティール・パートナーズなど、“モノいう株主”が5%ルールにのっとって、ある企業の株式の5%以上を取得したことが対外的に分かると、ほかの株主が追随買いを行うということが頻繁に行われた。村上ファンドやスティールのように、割安銘柄を発掘することに実績を付けると、ある企業の5%株式を取得したことを公表すると、自動的に追随買いが発生して株価が上がるという構図になっていた。
テラメントの話に戻ろう。このような無名の存在がある企業の株式を5%取得したと公表したところで、特に追随買いを誘発することはない。しかし、3分の1や過半数など大量の株式を取得し、当該銘柄がM&A銘柄となれば、ほかの投資家も買いに走ることが予想される。ちょうどライブドアがニッポン放送株式の3分の1以上を突如取得した際に株価が上昇したのと同じ構図である。
テラメントの場合は、過半数の株式を取得したと公表した6社の企業の時価総額から算出すると、それら株式の取得に20兆円以上のお金が必要になるため、これほどのお金を持つ投資家はそういない、これはガセだろうとすぐに分かった。名前が挙がった企業の取引ボリュームや浮動株からも、過半数の買占めが不可能であることはすぐに分かる。従って今回のガセ告知を元に、ほかの投資家が焦って追随買いをしたとはまず考えられない。
しかし、もし過半数の株式を取得したのが時価総額の小さい企業だったら、資金調達力の面から告知がガセと見抜くのは難しくなる。冷静に浮動株や売買ボリュームを分析すれば判断が付くケースが大半だとは思うが、いたずらにほかの投資家を翻弄する恐れがある。もし今後、テラメントの真似をするような株主が現れれば、市場が混乱する危険性がある。
証券取引等監視委員会は今回の事態に対し、金融商品取引法違反(大量保有報告書の虚偽記載)の疑いでテラメントの強制調査に乗り出した。キチンと取り締まることによって、真似をする存在が登場しないようにすることが目的の1つだが、同時にEDINETに不備があったことの責任問題を回避するため、とにかくテラメントを悪者にするべく業界関係者が躍起になっているようにも見える。
テラメントの行為は当然許されるべきでものではないが、このような制度の不備を突く行為は、それが改善されることで市場の発展につながることもある。テラメントの明らかなガセで今回の不備が露呈したことは、関係者にとってはむしろありがたい話だったかもしれない。もし時価総額の小さい銘柄で同様のことが行われて、それをネタとして株式投資をする他の投資家が出てきてしまった後だったら、責任問題がさらにクローズアップされてしまうところだっただろう。
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