ビジネス英語に求められるのはシンプルさと分かりやすさ――リンガフランカという思想ビジネス英語の歩き方

» 2013年10月25日 08時00分 公開
[河口鴻三,Business Media 誠]

「ビジネス英語の歩き方」とは?

英語番組や英会話スクール、ネットを通じた英会話学習など、現代日本には英語を学ぶ手段が数多く存在しています。しかし、単語や文法などは覚えられても、その背景にある文化的側面については、なかなか理解しにくいもの。この連載では、米国で11年間、英語出版に携わり、NYタイムズベストセラーも何冊か生み出し、現在は外資系コンサルティング会社で日本企業のグローバル化を推進する筆者が、ビジネスシーンに関わる英語のニュアンスについて解説していきます。

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 「ベルフ(BELF)」または「リンガフランカ(Lingua Franca)」という言葉を聞いたことがありますか? ほとんどの読者が「何それ?」となるのではないかと思います。かくいう筆者もごく最近知りました。

 この言葉は、欧米でビジネスコミュニケーションを研究する人たち、どちらかというと大学の先生などの間で話題になっているもので、ほとんどマスコミにも登場していません。でも、もうすぐ世界中で大きな話題になりそうな予感があります。

なぜ日本人は英語学習にコンプレックスを感じるのか?

ビジネス英語の歩き方

 ビジネス英語を学ぶとき、英語のネイティブスピーカーではないわれわれ日本人は、「いかにして正しい英語に近づくのか」という視点に立ちます。ここでいう「正しい英語」には、米国の話法、慣習、文化などが含まれます。例えば、TOEICで良いスコアを取るためには、米国の生活様式やビジネス知識のあるなしが大きく影響します。

 これまで実に不毛な議論が繰り返されてきました。「TOEICで何点を取れば、外国人とビジネスができるのか?」「TOEICで700点以下の人は課長になれないという企業の方針は正しいのか?」「中学校から英語を教えるのでは遅すぎる」「いや小学生から英語を教えたら、日本人としての考え方がしっかり身に付く前に米国的な考え方をする生徒が増えて、日本文化が危険にさらされる」

 日本経済がバブルに沸いたころは、「欧米から学ぶものは、もはや何もない」と日本人は傲慢(ごうまん)になり、「英語なんか必要じゃない、日本語で十分」という気分になりました。ところが、その後の失われた数十年と中国の台頭などを経て、「グローバル化は避けて通れない」というあきらめと強迫観念にも似た気分が強くなって、しぶしぶビジネス英語を学ぶ人が増えています。

 なぜ、日本人は英語コンプレックスを抱くのか? その背景には、コミュニケーションツールとしての英語と、英米文化のエッセンスとしての英語がごちゃまぜとなったまま、そのどちらについて議論するのかという明確な仕分けが行われていないということが隠されているのです。

「BELF」というビジネス英語に対する革新的なアプローチ

 英語は、米国や英国などの言語ではあるけれども、同時に世界中で15億人ともいわれる人が何らかの形で英語を使っているという事実もあります。BELF(Business English as Lingua Franca)は、国際共通語としての英語をよりシンプルにするだけでなく、英語のネイティブスピーカーもそれに合わせるべきだという画期的な運動です。

 うれしいですね。いくつかの調査によると、米国人をはじめとする英語のネイティブスピーカーは、日本人などの非ネイティブスピーカーと交渉をするとき、例えば、「Piece of cake(簡単なこと)」「Incommunicado(インコミュニカドゥ:話が通じない)」といった、なじみの薄い、もってまわった言い回しを意識的に使うことで相手をけむに巻き、自分たちの立場を有利にしようすることが多いそうです。これでは公平なビジネスはできません。

 米イーストミシガン大学のデイビッド・ビクター教授は、「こうした英語ネイティブスピーカーの無意識の行動が、国際ビジネスの場面で非常にアンフェアな交渉を非ネイティブスピーカーに強いている」とコメントします。また、「ビジネスなどで国際共通語としての英語を話す場面では、英語ネイティブスピーカーは自宅で使うような英語とは異なる、分かりやすいBELFを使うべきだ」と警告しています。

 グローバル企業の代表格ともいえるIBMやGEでは、この数年、社内で平易な表現、分かりやすいコミュニケーションができない人は、人事考課で点数が厳しくなるというキャンペーンを行っています。

 こうした動きが出てくる背景には、英語が「リンガフランカ」化しているという現実があります。もしもあなたが中国人やマレーシア人といった非英語スピーカーと通訳を立てずにビジネスの話をする場合、多くは英語を使っていることでしょう。つまり、英語は、共通の母語を持たない人たちが意思疎通する場合にも使われる、いわば「第三の言語」になっているのです。

時代が大きく動くとき、新たなリンガフランカが求められる

 少し世界史の話をします。5世紀から9世紀にかけてゲルマン民族の大移動が起こり、フランク王国が隆盛を極めました。そして、さまざまな地域から異なる母語を話す人々が集まりました。その結果、意志疎通を図るための第三の言語として「リンガフランカ=フランク王国の言葉」が生まれたのです。

 リンガフランカは、今でいうドイツ語、フランス語、ラテン語、アラビア語など、さまざまな言葉が混じりあって、フランク王国独特の言葉となりました。リンガフランカの存在が、その後、欧州という大きな文化圏を作る基になったと言われています。大きな時代変動が起こるとき、何らかの「リンガフランカ」が必要になる。これは歴史の必然なのです。

 日本でも「国際ビジネスコミュニケーション学会」でBELFについての議論が始まっています。特に日本では、妙に重箱の隅をつつくようなビジネス英語がありがたがられる傾向があり、ささいな表現の違いを多くの外国人英語教師(という名の職業不安定外国人)がメシの種にしていますが、こういうものはBELFの大きな流れでやがて淘汰(とうた)されていくのかもしれません。

著者プロフィール:河口鴻三(かわぐち・こうぞう)

河口鴻三

1947年、山梨県生まれ。一橋大学社会学部卒業、スタンフォード大学コミュニケーション学部修士課程修了。日本と米国で、出版に従事。カリフォルニアとニューヨークに合計12年滞在。講談社アメリカ副社長として『Having Our Say』など240冊の英文書を刊行。2000年に帰国。現在は、外資系経営コンサルティング会社でマーケティング担当プリンシパル。異文化経営学会、日本エッセイストクラブ会員。

主な著書に『和製英語が役に立つ』(文春新書)、『外資で働くためのキャリアアップ英語術』(日本経済新聞社)がある。


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