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 [第9回]

「電子ペーパーをめぐる冒険」(2)

“ペーパーレス”への期待が数多く報道されているが,その期待は果たして本当なのだろうか。電子ペーパーの登場で紙の存在意義はなくなってしまうのだろうか? 紙の本質とは一体……。

【国内記事】 2001年6月8日更新

 前回紹介した米E Inkの電子ペーパーは,名前こそ“ペーパー”であるが,実際は「紙のように薄いディスプレイ」として商品化が進んでいる。

 去る6月3日,米国カリフォルニア州で情報ディスプレイ協会が開催した展示会「Society for Information Display(SID) Symposium, Seminar and Exhibition」で,同社は5インチの試作品を公開し話題となっている。

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プラスチックのボードのような素材の電子ペーパー。表示されている映像は鮮明にみえる

 ほぼ同時期,E Inkは日本の凸版印刷とカラー表示が可能な電子ペーパーの共同開発を発表し,新たな方向性を示唆した。

 この製品は凸版印刷のカラー・フィルタ技術を,E Inkの電子ペーパーに組み込んだもので,同社は2004年の商品化を目指すとのこと。

 電子ペーパーのいわれこそ違うものの,“薄いディスプレイ”が市場に与える影響は大きいようなのである。

 E Inkの電子ペーパーが,液晶やCRTなどのディスプレイを“薄くしたもの”なのに対し,“消したり書いたりが自由にできる紙”を目指す電子ペーパーもある。

20年前から研究,最古参のPARC「Gyricon」

 電子ペーパー開発の最古参である米Xerox,Palo Alto Research Center(PARC)は,約20年間「gyricon」という電子ペーパー技術を開発してきた。

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シリコンバレーにあるPARC。AppleのCEO Steve Jobs氏もここに訪れてMacintoshのアイディアを思いついたという伝説的な研究開発所

 この電子ペーパーは,薄いプラスチックペーパーを重ね合わせたもので,その間には色の付いた「ビーズ」が何百万と詰まっている。電圧がかかるとこのビーズが回転して,色の付いた面が表にくるようになっている。これが画像として“紙”に表示される仕組みで,基本的な発想はE Inkのそれと似ているといえる。

 しかしGyriconでは,一度表示された画像は,信号がこなくても電源を抜いても表示され続ける。耐久性も高く,数千回繰り返して使うことが可能だ。さらに反射型液晶ディスプレイなどより低電力で動作する。

 こちらは,薄いディスプレイではなく,まさに書き換え可能な紙だ。

レーザープリンタのトナー技術を使った電子ペーパー

 電子ペーパーは,プリンタを内蔵した紙のようなものともいえる。日本企業が開発する電子ペーパー技術は,どちらかというと印刷技術に近いものだ。

 プリンター大手のキヤノンのペーパーディスプレイは,レーザープリンタの“トナー”を電子ペーパーとしての表示に使っている。この電子ペーパーは紙のように薄く柔軟性もある。随時書き換えが可能な上,一度表示させてしまえば,あとは電力を必要とせずに内容を保持できる。

 キヤノンはこれを“ペーパーライク・ディスプレイ”として展示会に出展したが,どちらかというと“プリンタ内蔵ペーパー”といったニュアンスが強い。

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再利用可能な“紙”としての電子ペーパー

 富士ゼロックスは「光書き込み型電子ペーパー」の研究を進めている。

 これは有機光スイッチング素子を使った「光書き込み型電子ぺーパー」と呼ばれるもので,光画像を瞬間的に記録・表示ができるものだ。要するにコピー機の仕組みが,一枚の紙に組み込まれたとイメージすればいいだろう。

 この電子ペーパーも画像を保持するためのエネルギーを全く必要としない。先ほどのキヤノンの例と同じように,紙としての特徴を生かした電子ペーパーなのである。

 これが実用化すれば,無駄な紙は大幅に減るだろう。ぺらぺらでムービーが見られるカラーディスプレイよりもありがたい存在になりそうだ。

紙とは何か? そして電子ペーパーとは何か?

 さて,これまで電子ペーパーと紙の存続について考えてきたが,一体紙とは何なのだろうか?

 まず挙げられるのが文書を伝達したり保存するための機能だ。いくらWebマガジンが増えても,紙の印刷物がなくなることはなかったが,再利用可能な紙が手ごろな価格で登場したときに,本の存在は今ほど主流になっているかどうか疑問だ。

 少なくとも本体をタッチするだけでページをめくれる電子ペーパーが登場すれば,複数のページをめくる必要がなくなる。電車の中で周りの人に迷惑をかけながら新聞を読む姿はなくなるかもしれない。

 しかし,忘れてはならないのは,“書く”という行為が,紙に価値を与えてきたということだ。紙の印刷物は情報の記録・閲覧の機能以外に,「書き込める」という大きな特徴がある。

 “書く”という分野では,紙に書いた文字をBluetoothで送信できるテクノロジーとして“アノトコンセプト”が登場している(4月13日の記事参照)。

 紙と“書く”という行為に技術的な革命が起これば,今後の世界に,あらゆる情報伝達の面で大きな影響を及ぼすといえるのではないだろうか。その時,“紙”は本当に姿を消すかもしれない。

[増田(Maskin)真樹,ITmedia]

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関連リンク
▼ 米eInk社
▼ 米Lucent Technologies
▼ SOCIETY FOR INFORMATION DISPLAY-情報ディスプレイ協会
▼ 凸版印刷
▼ 米Xerox Palo Alto Research Center「gyricon」
▼ キヤノン
▼ 富士ゼロックス
▼ アノト日本

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