ロボット工学を「究極の人間学」として問い直し、最前線の研究者にインタビューした書籍「人とロボットの秘密」(堀田純司著、講談社)を、連載形式で全文掲載します。
バックナンバー:
第3章-1 子どもはなぜ巨大ロボットが好きなのか ポスト「マジンガーZ」と非記号的知能
第3章-2 「親しみやすい」ロボットとは 記号論理の限界と芸術理論 中田亨博士の試み
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記号論理が意識の一部でしかないとすれば、いったいどうすれば意識を工学技術で再現することができるのだろうか。
現代の代表的な心の哲学者、オーストラリアのデイヴィッド・チャーマーズがいうように、意識とはどうやったら解明できるのかさえわからないハードプロブレム。技術では再現不可能なものだろうか。
だが、それは人が意識の役割を錯覚しているから難問だと感じるのであり「一度、視点を変えてながめれば、意識を機械で実現する道が見えてくる」と提起する工学者がいる。慶應義塾大学の前野隆司(まえのたかし)教授だ。
教授の意識のモデルは、私たちが感じている実感には、そぐわない。というか猛烈に反する。
私たちは自分の意識を、トップダウンで判断をくだす、司令塔のような存在だと感じている。しかしこれが幻想だとしたら。教授の「受動意識仮説」では、意識が実は主体ではなく、結果として出力される“受動的な物語”だと提起されるのだ。
そう考えると、意識の多くの謎がじつにうまく説明されてしまう。そして魅力的なことに、教授は受動意識仮説にもとづいて「こうすれば意識はつくることができる」と、その展望も示しているのだ。
前野教授はもともとキヤノンに勤める企業の研究者であり、超音波モーターの開発など成果を上げていた。その後、若くしてアカデミズムの世界に活動の場を移し、今度は大学の研究者として触覚や新型アクチュエーター、遠隔操作型ロボット、生物の進化シミュレーションなどの研究を行い注目を浴びるという少し変わった経歴を持っている。
そうした前野教授は、人間の触覚の研究を通じて意識のモデルを提起している。
教授の研究テーマは、もともと人間と世界との「接触」だった。つまり人間の触覚の研究。教授は機械の触覚センサーを開発するため、人間の触覚を研究していたのだ。しかし、それがなぜ意識のモデルにつながったのか。
人間の意識という、この複雑で高度に発達した機能の研究は、脳科学や心理学、あるいは哲学など、さまざまな分野で行われてきた。だが、いきなりこの高邁(こうまい)な機能の解明に挑むのは大変である。脳には細胞が1000億個ある。そしてその接続のパターンとなるとあまりに膨大だ。その研究にはいくら知見を積み重ねても足りない。だからこそ意識の問題は、とても簡単には解明できない難題、「ハードプロブレム」として扱われてきた。
一方、触覚というと、原始的な生物でも持っている、非常にプリミティブな感覚である。聴覚や視覚を持たないアメーバでも、つつけば反応するのだ。
人間もやはり、このアメーバのような単細胞生物から進化してきたことを考えると、意識の原型は、この触覚を通しての世界とのコミュニケーションにあったはずなのである。
だからいきなり脳ではなく、まず触覚のモデルを研究して、そこから進化の歴史を下り、人間の脳のモデルにまでたどり着くというアプローチなら、道は開けるかもしれない。教授の研究はまさに、こうした経過を経て到達した。
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