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「海外は量子アニーリングに見切り」──ハードもソフトも開発する量子ベンチャー「MDR」に聞いた「量子コンピュータの今」(1/5 ページ)

» 2019年06月03日 07時00分 公開
[井上輝一ITmedia]

 東京大学の最寄り駅の一つ、丸ノ内線「本郷三丁目」駅を降りてすぐの雑居ビルの一室に、世界有数の競争力を持つ量子コンピュータのベンチャー企業がある。

この先に世界有数の競争力を持つ量子コンピュータベンチャーがある

 会社名はMDR。東京大学出身の湊雄一郎さんが2008年に設立した。湊さんは元々建築事務所で建築デザインを手掛けており、MDRも設立当初はデザインを仕事としていた。しかし、あるきっかけで13年ごろに金融工学のビジネスへと舵を切る。

 金融工学の効率的な計算を模索する中で量子コンピュータに注目した。15年にカナダの量子コンピュータベンチャー「D-Wave」を訪問した後、D-Wave製量子コンピュータの計算を再現するシミュレーターを個人で作成。以来、量子コンピュータ分野で総務省のイノベーター支援プログラム「異能vation」最終選考通過、内閣府「革新的研究開発推進プログラム」(ImPACT)の山本喜久プログラムマネジャー率いる「量子人工脳」(※)プロジェクトのプログラムマネジャー補佐と着実に実績を積み上げる。

※正式名称は「量子人工脳を量子ネットワークでつなぐ高度知識社会基盤の実現」。同プログラムの下、NTTや国立情報学研究所、大阪大学が共同で、光の量子性を用いて「組み合わせ最適化問題」を高速に解く「コヒーレント・イジングマシン」を開発した。

湊さんが作成した、D-Waveの量子コンピュータの計算を再現するシミュレーター。地図の「4色問題」を解く

 18年には三菱UFJ銀行のベンチャー支援プログラムに参加・議論し、三菱UFJ銀行が「量子ゲート方式」の量子コンピュータを求めたことから、従来D-Waveの方式を手がけていたMDRも量子ゲート方式へシフト。

 同年には有志とともにオープンソースのPython向け量子計算フレームワーク「Blueqat」の開発開始や、横浜国立大学との共同研究で超電導量子ビットの作製成功など、ソフト・ハードともに頭角を現している。

 そんな湊さんとMDRの経歴を自身で詳しくつづった、「量子コンピュータエンジニアを始めて5年が経った」(Qiita)という記事はSNSで話題になった。

 量子コンピュータをそれまで専門としていなかった湊さんが、業界に飛び込んで5年で、ハードウェアからソフトウェアまで手掛ける世界的にも有数の量子ベンチャーに成長できた理由とは。量子コンピューティングビジネスの展望は。本人に話を聞いた。

MDR社長の湊雄一郎さん

必要な知識は「高校物理の延長線上」

 湊さんは東京大学の工学部建築学科を卒業した。大学時代に量子力学や量子コンピュータを研究していたわけではない。

 量子系の専門知識がないところから量子コンピュータのベンチャーとして実績を積むまでにはどれほどの知識や勉強が必要だったのか。記者がそのように質問すると、「必要な知識は高校物理の延長線上」と湊さんはいう。

 「大学でやっていたのは計算力学。役立っていないとはいわないが、もともと高校時代から物理が得意だった。どちらかというと大学受験の物理の知識で頑張っている」(湊さん)

 そんな湊さんと量子コンピューティングの出合いはD-Waveの「量子アニーリング方式」の量子コンピュータだったが、今は量子アニーリング方式から量子ゲート方式に軸足を移した。

 「海外の企業はもう量子アニーリングに見切りをつけている」──湊さんは軸足を移した理由をこう話す。

量子ゲート方式と量子アニーリング方式

 D-Waveの量子コンピュータは、「PCの1億倍高速な解析ができる」と米Googleと米航空宇宙局(NASA)が15年に発表したことから大きな話題になったマシンだ。

 しかし、D-Waveのマシンはそれまで「量子コンピュータ」といわれていた量子ゲートによる計算ではなく、量子アニーリングと呼ばれるアルゴリズムで計算を実現している。

 量子ゲート方式と量子アニーリング方式の違いを、ここで簡単に整理する。

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