歴史上の著名な作曲家が現代で新曲を作ったらどうなるか。そんな夢を実現するプロジェクトが、「インターネット・マーケティングフォーラム2019」(6月4〜5日、ANAインターコンチネンタルホテル東京)で披露された。AI(人工知能)にモーツァルトの楽曲を学習させて、モーツァルトらしい楽曲の特徴を捉えた新曲を生み出そうという試みだ。
PCメーカー・日本HPのサポートのもと、高校生とプロクリエイターがタッグを組んだ数カ月がかりの本プロジェクトには、「AIによるモーツァルトの復活」「イマーシブオーディオ」「8K映像とリアルタイムレンダリング」という注目ポイントがある。
AIによる自動作曲には、米Googleが開発した作曲AI「Magenta」を使った。モーツァルトの楽曲から抜き出したメロディーをMIDIファイルにして読み込ませ、AIに機械学習させた。MIDIファイルは音程や音の強弱、長さ、音色などの演奏情報が含まれるため機械学習に適しているという。
この工程を都内の高校に通う18人の高校生たちが担当。4つのチームに別れたメンバーは、どの楽曲を、何回学習させるかといった試行錯誤を繰り返した。参加者の一人である開成高等学校の中澤太良さんは「作曲のために作られたAIであっても、思ったように動かすことが難しかったです。AIは発展途上の技術で奥深い分野だと感じました」と、ほぼ初めてAIに触れた感想を話す。
高校生たちがAIを使って生成したメロディーをもとに編曲を行ったのは、作曲家や音楽プロデューサーとして活躍するマリモレコーズ代表取締役の江夏正晃さんだ。江夏さんはAIが生成したメロディーはそのままに、複数のシンセサイザーなどを活用して現代風の音楽へとアレンジした。
プロジェクトの中で、AIによる歌詞の生成も行った。モーツァルトが実際に書いたとされる多数の手紙と、過去から現在までに世に出たヒット曲の歌詞を学習データとして組み合わせ、生成された歌詞をボーカルとして曲に乗せた。
完成した楽曲は再生環境にもこだわった。今回発表を行った会場には、12個のスピーカーを円を描くように設置し、球体の中で音を聴いているようなイマーシブオーディオ(立体音響)環境を用意。記者が実際に聞いてみたところ、音が下から上に移動するような没入感のある体験が得られた。
「初めてAIが作ったメロディーを音楽に仕上げるという作業をしました。今回は作った楽曲をイマーシブオーディオ化する作業もあり、成功するか心配でしたが、いいものが出来上がったと思います。PCやスピーカーの技術や皆さんの協力があって、最先端のオーディオを実現できました」(江夏正晃さん)
今回はAIによる楽曲の制作だけでなく、楽曲のイメージに合わせたリアルタイム生成の8K映像を会場で流す試みもあった。モーツァルトの楽曲や「美しい世界」というコンセプトに合わせてバレエダンサーが踊る撮り下ろし映像に、会場に設置したカメラ映像の動きに粒子のようなエフェクトをかけた映像を合成。リアルタイムなレンダリング処理をその場で行っていた。
映像を手掛けたマリモレコーズ専務取締役で映像作家、そして江夏正晃さんの実弟でもある江夏由洋さんは、「『見たことがないものを作りたい』という命題を頂いたので、できる限りの最先端技術をぶつけて一つのアートワークを作りました。短期間で無事着地させることができてよかったです」と当時を振り返る。
会場では8K映像をリアルタイムでレンダリングしながら再生し、さらに64chのハイレゾ音源も同時に再生させるため、デュアル構成で48コア/96スレッドのプロセッサや、GeForce RTX 2080 TiとQuadro P4000の2枚挿しグラフィックスカードを搭載した日本HPのワークステーションを用意。1台で高負荷が掛かる全ての処理を行っていた。
「これだけハイエンドなことに挑めるチャンスはありません。マシンを壊れるギリギリまで動かす過酷な作業でしたが、自分たちの可能性も含めてチャレンジできました。達成感はかなりあります」(江夏由洋さん)
「このプロジェクトを通して、若者にテクノロジーを正しく理解してほしい」──そう話すのは、プロジェクト責任者の甲斐博一さん(日本HP)だ。
「超高齢化と人口減少に直面している日本がどう問題を解決するか世界が注目しています。これらの解決にテクノロジーは欠かせません。若い世代がテクノロジーをどう活用して難題を乗り越え、世界を支えていくのか。プロジェクトを通じてテクノロジーを正しく理解してもらい、日本の学生に世界を支えてもらいたい」(甲斐さん)
AIが生み出したモーツァルトの楽曲は今後アルバムとしてリリースする他、国内外の芸術祭へ出展する予定だという。今回の出展で展示されていた楽曲は、日本HPのWebサイトにある動画の後半で視聴できる。
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