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» 2019年08月23日 10時50分 公開

iPS細胞の生みの親・山中教授が講演 「研究者になったワケ」「ゲノム編集への危機感」など語る (1/2)

JSYが8月22日に開いた後援会に、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が登壇。過去の経験や、科学技術の発展における懸念点などについて語った。山中教授が研究者を志したきっかけは、父親の死だったという。

[濱口翔太郎,ITmedia]

 京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授が8月22日、科学技術振興機構(JST)のイベント「『国際科学オリンピック日本開催』シンポジウム」に登壇し、未来の科学者を目指す学生たちに、iPS細胞を生み出すまでの過程や、科学技術の発展について懸念点などを語った。

 同イベントは、中高生が生物学・化学・数学などの能力を競う「国際科学オリンピック」が2020〜23年に日本で開かれることを記念した企画。山中教授は、研究者を志したきっかけは父親の死だったことなどを明かし、会場に詰めかけた聴衆は真剣な面持ちで聞き入っていた。

photo 京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授

父親がC型肝炎に

 山中教授が幼いころ、町工場で働いていた父親が仕事中に負傷。父親は病院で輸血してもらい、けがは無事に治ったが、直後に肝臓の病気を発症した。山中教授は「実は輸血によってC型肝炎ウイルスに感染していたのですが、当時の医学ではそんなことは分かりません。私が中学生や高校生になっても、原因は不明のまま、体調はどんどん悪くなっていきました」と振り返る。

 「私は1987年に大学の医学部を卒業し、臨床医になりました。父に痛み止めの点滴を打ってあげると、うれしそうにしていたことを今も覚えています」と山中教授。しかし、その後も父親の体調は戻らず、翌88年に58歳で亡くなった。

 「せっかく医者になったのに父親さえ救えなかったことが、私にとっては大きな衝撃でした。その後も重い病気の患者さんをたくさん診る中で、『彼・彼女らを治すには、(臨床ではなく)研究するしかない』と一念発起し、大学院に入り直して研究を基礎から学びました」

 くしくも山中教授が父親を亡くした翌年、米国の研究グループがC型肝炎ウイルスの遺伝子の一部を発見。その後約25年にわたって世界中の学者が研究を進め、14年にC型肝炎の特効薬「ハーボニー」が開発された。山中教授はこのことに触れ、「世界の研究者が努力しても、ウイルスの発見から特効薬の誕生までに25年かかる。研究はマラソンのような時間のかかる仕事なのです」と難しさを語った。

photo C型肝炎で亡くなった、山中教授の父親

オスのマウスが妊娠!?

 臨床医を辞めて大学院に入り直した山中教授は、博士号を取得後、33歳の時に渡米し、カリフォルニア州の医学研究機関「グラッドストーン研究所」に入所した。そこでは、上司に当たる研究者が立てた仮説を、山中教授が実験によって検証する作業を繰り返し、実験・研究の腕をみがいていたという。

 そんなある時、山中教授を指導していたトーマス・イネラリティ教授が、「生物の肝臓でAPOBEC1(タンパク質の一種)が多く作られると、血中コレステロール濃度が下がって健康になる」という仮説を立案。山中教授が検証を担い、マウスの肝臓でAPOBEC1を増やす実験を行ったところ、予想だにしない結果が出た。

 「ある朝、マウスの世話係のおばちゃんが血相を変えて飛んできました。『シンヤが飼っているマウスが妊娠している。その半分くらいはオスなのよ』とまくし立てており、私は『そんなアホな』と思いました。でも、確認すると確かにオスのお腹がふくれていました」

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