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iPS細胞の生みの親・山中教授が講演 「研究者になったワケ」「ゲノム編集への危機感」など語る(2/2 ページ)

» 2019年08月23日 10時50分 公開
[濱口翔太郎ITmedia]
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妊娠ではなく、実は……

 「APOBEC1には、オスを妊娠させる効果もあるのか」と驚き、山中教授は数匹のマウスを解剖した。だが、マウスたちのお腹に赤ちゃんはいなかった。肝臓の細胞がガン化し、通常時の数倍にまで膨れ上がっていた。外からではガンになっていることは分からないため、同僚は妊娠したと誤解したというわけだ。

 「APOBEC1はネズミを健康にするどころか、ガンを起こす遺伝子だったのです。どうして(一流の研究者の仮説に反して)予想外のことが起こるのだろうかと、私は興奮しました。それからは、ボスの仮説は放っておいて、この現象の解明に没頭しました」

photo 通常のマウスの肝臓(=左)、ガンになって肥大化したマウスの肝臓(=右)

 山中教授はその後も研究を続け、マウスがガンになった要因の1つとして、APOBEC1に突然変異を起こさせる遺伝子「Novel APOBEC1 Target 1」(NAT1)を発見した。

 「偶然ですが、この遺伝子はES細胞がいろんな細胞に分化する上で、重要な役割を果たすことも分かりました」と山中教授は話す。ES細胞は、再生医療への応用が期待されている万能細胞の一種だ。「マウスのガンの研究をしているはずが、ES細胞にたどり着くとは、夢にも思いませんでした。こうして私は、偶然に導かれて(再生医療の)研究を始めました」

「iPod」にちなんで「iPS」に

 こうして再生医療の道にたどり着き、研究を続けた山中教授は、06年にiPS細胞の作製に成功した。「マウスの皮膚に特定の遺伝子を組み込むと、受精卵と同じ状況にリセットされ、いろいろな組織に変化できる細胞(=iPS細胞)になることに気付きました。07年には、人間からもiPS細胞を作ることに成功しました」

 分かりやすくES細胞と似たネーミングにするため、山中教授は「AS細胞、BS細胞、CS細胞、DS細胞……」と、アルファベットを順に当てはめて名付けようとしていたという。しかし「Googleで検索すると、全て検索に引っ掛かり、他で使われていることが分かりました」と当時を振り返る。

 結果的に「iPS」に決めた理由について、山中教授は「他で使われていませんでしたし、当時は『iPod』が流行していたので、『パクっちゃえ』という気持ちで小文字をiにした『iPS』に決めました」と説明。会場を沸かせた。

 山中教授は最後に自身の歩みを振り返り、「エジソンが言ったとされる『必要は発明の母』という言葉があります。私の場合は、父の死を経験し、患者さんを治す必要性にかられたことが、iPS細胞の作製につながりました。ただ、マウスのガンをはじめとする予想外の偶然も、iPS細胞をつくる上で必要でした。これらを踏まえると、『偶然は発明の父』だといえるでしょう」と語り、講演を締めくくった。

photo iPS細胞ができる仕組み

ゲノム編集への危機感

photo モデレーターを務めた、ジャーナリストの池上彰さん

 イベントの後半では、ジャーナリストの池上彰さんをモデレーターとするパネルディスカッションも行われた。参加した山中教授は、池上さんから「科学技術はこれからどう発展するか」と問われ、こう答えた。

 「次の10年〜20年も革新的なことが起こるでしょう。ですが、どこまで行くのかと恐怖感も覚えます。現代の科学技術では、ヒトのゲノムを解析するだけでなく、書き換えることもできるようになっています。本来、ゲノムは、進化や自然環境への順応によって変化してきました。これらが従来とは異なるスピードで書き換えられることが、楽しみと同時に怖いのです」

 昨秋には中国で、HIVに感染しないようゲノム編集を施した双子の赤ちゃんが誕生したことが報じられたが、山中教授は「どうやら本当らしい」と分析。「ただ、感染症にかからなくなっても、他の理由で寿命が短くなるとの研究もあります。浅はかな理由でゲノムを書き換えるとしっぺ返しを食らう可能性もありますよ」と警鐘を鳴らした。

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