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大きさが左右で変わって見える、不思議な「ポンゾ錯視」 見つけたのは“ポンゾさん”ではない?コンピュータで“錯視”の謎に迫る(3/4 ページ)

» 2019年12月13日 07時00分 公開
[新井仁之ITmedia]

ポンゾ錯視の思わぬ先祖

 まずティエリー氏の論文(1895年)から見てみましょう。ティエリー氏の論文には次の図4の錯視が載っています。

photo 図4 ティエリー氏の論文([T])の図を元に描画

 この図では、線分CDの方が、線分C´D´よりも長く見えますが、実際には同じ長さです。厳密にはスタンフォード氏の本にある図3Bとは少し違い、横線の位置が扇の頂点ではなく、頂点より内側にあります。しかし錯視そのものは同じタイプといえるでしょう。

 ティエリー氏は[T]において、この錯視をミュラー=リヤー氏による錯視(下の図5を参照)から導き出しています。実際、同氏による錯視の『類似の錯視』(eine analogue Täuschung)であるとも記しています。

photo 図5 ティエリーの論文[T]に出ているミュラー=リヤーの錯視を元に描画

 図5は極めてシンプルな構図で、合同な台形を上下に並べただけで、上の台形の方が大きく見えるという錯視です。

 以上のことから、線分型ポンゾ錯視を思い付いたのはティエリー氏であり、そのルーツは意外にもミュラー=リヤー氏の錯視にあったということが分かります。

 ところで、線分型ポンゾ錯視はどうして起こってしまうのでしょう。ティエリー氏はこの錯視がベツォルドの錯視(1884年)と完全に対応しているものであるともコメントしています。ベツォルドの錯視というのは次の図6です。

photo 図6 ベツォルドの論文([B])の図を元に描画。長方形が三つあり、みな同じ大きさであるにもかかわらず、左に置かれた長方形ほど大きく見える

 この図では長方形が三つあり、みな同じ大きさであるにもかかわらず、左に置かれた長方形ほど大きく見えます。ベツォルド氏はこの現象に次のような原因があるとしました。

 図6の左の点に収束している放射状の横線を見たとき、私たちは平行線が左の遠方で交わっていると見なしてしまいます。(ちょうど、遠くまで真っすぐ伸びる線路を見ているような感じです。)そのため、遠くにある長方形と近くにある長方形が同じ大きさだったら、遠くにある長方形の方が大きいと感じ、そのため左側に描かれた長方形の方が大きく見えるのです。

 余談ですが、ティエリー氏の論文には、線分型ポンゾ錯視を分析するためのとある装置の図が出てきます。それを参考に描いた線分型ポンゾ錯視を図7に載せておきます。二つの赤い線は同じ長さですが違って見えると思います。

photo 図7 ティエリーの論文([T])のFig.31を参考にして描画したもの

円型ポンゾ錯視と線分型ポンゾ錯視のルーツは違っていた

 ところで、ティエリー氏の論文には、線分だけでなく、円でも同じような錯視が起こると書いてあり、これについては「ホルツ氏が1893年の論文([H])で論じている」としています。

 ここでいよいよホルツ氏の登場です。同氏の論文はドイツ・ゲッティンゲンの王立学術協会とゲオルグ-アウグスト大学(いわゆるゲッティンゲン大学)の報告集に掲載されたものです。ただしホルツ氏の論文を見ても、図1のポンゾ錯視の画像は一切見当たりません。その代わり次のような説明が書かれています。

 『ある角度の二等分線に沿って同じ大きさの円を描くと、それらは角の頂点から離れるほど小さく見える。ものを部屋の角の二等分線上に置くと、角から遠ければ遠いほど小さく見える。同じように部屋の中央にある机は、壁の近くにあるときよりも、より小さく見える』(筆者訳)

 この文章の前半の説明をもとに絵を描くと、(円の個数はともかくとして)確かに図1の円型ポンゾ錯視になることが分かります。

 この文章から、ホルツが1893年にすでに図1のポンゾ錯視を発見していたことが分かります。

 それではホルツは円型ポンゾ錯視をどのように思い付いたのでしょう。ホルツによれば、球や円柱を紙片の上に置くと大きく見えるというよく知られた事実から出発して、円型ポンゾ錯視に至ったようです。次の図8は、広い部屋の中にある円よりも、小さい紙片に載せた円の方が大きく見えることを示すために筆者が作成した図です。

photo 図8 小さい紙片の上に置いた円の方が大きく見える

 これはいわゆるデルブーフの錯視(1865年)として知られているものです。つまり、円型ポンゾ錯視のルーツはデルブーフの錯視であったといえるでしょう。

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