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大きさが左右で変わって見える、不思議な「ポンゾ錯視」 見つけたのは“ポンゾさん”ではない?コンピュータで“錯視”の謎に迫る(4/4 ページ)

» 2019年12月13日 07時00分 公開
[新井仁之ITmedia]
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結局、何が起こったのか?

 ポンゾ氏の論文(1912年)以来、ポンゾ錯視という名前が定着し、「ポンゾ錯視はポンゾによるもの」という誤解がちまたで生じました。しかし、北岡氏、ヴィカリオ氏によりポンゾ錯視はポンゾが第一発見者ではないことが指摘されました。また、筆者らの文献調査([A])により、円型ポンゾ錯視と線分型ポンゾ錯視は、それぞれ第一発見者が異なり、またルーツも異なることが分かりました。

 時がたてば真相は見えにくくなるものです。100年以上も前となれば、それはなおさらのこと。しかし、ポンゾ氏の原論文を読み、そこに引用されているスタンフォードの本(1900年)をひもとき、さらにそこに書かれているティエリー氏の論文(1895年)とホルツ氏の論文(1893年)までたどれば、誰がポンゾ錯視を見いだしたのかは分かることでした。

 実はもう一つ、ホルツの論文が見逃された要因があったのではないかと考えています。それはホルツが円型ポンゾ錯視の図を載せず、ドイツ語の文章だけで説明したことです。もしもポンゾ錯視の絵が載っていれば、忘れられずに済んだかもしれません。やはり錯視は図を見せることが重要なようです。

ポンゾ錯視のまとめ年表(円型ポンゾ錯視と線分型ポンゾ錯視の呼称は本文参照)

 【1893年】ホルツがデルブーフの錯視から円型ポンゾ錯視を作成。

 【1895年】ティエリーがミュラー=リヤー錯視から線分型ポンゾ錯視を作成。

 【1897年】リップスが著書の中で、線分型ポンゾ錯視と本質的に同じものを掲載。(のちに北岡氏とヴィカリオ氏がそのことを発見し、ポンゾ錯視はポンゾ以前に知られていたことを指摘。)

 【1900年】スタンフォードが著書の中で二つの錯視を紹介。一つは円型ポンゾ錯視で、もう一つは線分型ポンゾ錯視。スタンフォードは、円型ポンゾ錯視の出典としてホルツの論文(1893年)、線分型ポンゾ錯視の出典としてティエリーの論文(1895年)を挙げた。

 【1912年】ポンゾが論文でスタンフォードの本にある錯視(円型ポンゾ錯視)を、出典を明記した上で紹介。しかし、この論文がきっかけでポンゾ錯視という名称が生まれ、ポンゾ錯視はポンゾが発見したとの誤解が生じた。

 なお、この年表が完全かどうかは分かりません。今後、何かのきっかけで、ポンゾ錯視を掲載したより古い文献が見つかるかもしれません。

引用・参考文献

[A] 新井仁之・新井しのぶ(2013): ポンゾ錯視の源流をたどる、視覚数学e研究室報告 No.5, https://researchmap.jp/mur8nkivl-1779138/#_1779138

(コメント:埋もれていたホルツの論文を発掘した報告。今回の記事では触れていませんが関連するギヨーム(1893)の仕事についても解説してます。ご参照ください。)

[A1] 新井仁之(2014):カフェウォール錯視とポンゾ錯視の歴史、数学文化(日本評論社)、22号、89-95. (コメント:[A]の調査結果を含めた論説。)

[B] W. v. Bezold (1884): Eine perspectivische Täuschung. Annalen der Physik und Chemie, 23, 351--352.

[H] W. Holtz (1893): Ueber den unmittelbaren Größeneindruck in seiner Beziehung zur Entfernung und zum Contrast. Nachrichten von der Königl. Gesellschaft der Wissenschaften und der Georg-Augusts-Universität zu Göttingen, 159--167.

[K] 北岡明佳(2003): 錯覚ニュース

http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/illnews.html

[L] T. Lipps (1897): Raumästhetik und geometrish-optische Täushungen, Leipzig, Verlag von Johann Ambrosius Barth.

[P] M. Ponzo (1912): Rapports entre quelques illusions visuelles de contraste angulaire et l'appréciation de grandeur des astres à l'horizon. Archives Italiennes de Biologie, 58, 327--329.

[R] J.O.Robinson(1972), The Psychology of Visual Illusion, Dover edition 1998.

[S] E.T.Stanford (1900): Cours de Psychologie Expérimentale (Sensations et Perceptions). Paris, Schleicher Frères Éditeurs.

[T] A.Thiéry (1895), Ueber geometrisch-optische Täuschungen, Fortsetzung. Philosophische Studien, 11, 603--620.

[V1] G.B. Vicario(1978): Another optical-geometrical illusion, Perception, 7 (1978), 225-228.

[V2] G.B.Vicario(2011): Illusioni Ottico-Gemetriche Una rassegna di problemi. Instituto Veneto de Scienze, Lettere ed Arti, Venezua.

(コメント:[A]を書いた後に知ったのですが、この著書のなかで、ヴィカリオはティエリー([T])の発見について言及しています。ただし、ホルツの論文[H]については言及されていません。)

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著者:新井仁之(あらい ひとし)

早稲田大学 教育・総合科学学術院・教授、理学博士。

横浜市生まれ。東北大学大学院理学研究科教授、東京大学大学院数理科学研究科教授

などを経て現職。

視覚と錯視の数学的新理論の研究により、平成20年度科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞(研究部門)を受賞、1997年には複素解析と調和解析の研究で日本数学会賞春季賞を受賞。


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