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「Aの左」に位置するキーに文化を見る キーボード配列とコンピュータの歴史(5/5 ページ)

» 2019年12月17日 14時26分 公開
[大原雄介ITmedia]
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 では「いつControlという概念が入ったか?」というと、これはMS-DOS(正確に言えばIBM PC DOS)の投入のタイミングのようだ。ご存じの通りIBM PCは、フロリダ州ボカラトンにある拠点で、のちにESD(Entry System Division)と呼ばれる巨大組織に成長する部隊で開発されたが、このESD(の前身)を率いていたフィリップ・ドン・エストリッジ氏は、当時開発がほぼ終わりつつあったIBM System/23を参考にしつつ、徹底したオープンスタンダード戦略を取って初代IBM PC(IBM 5150)を開発する。参考になったIBM System/23はIntel 8085ベースのマシンではあるが、キーボードの左側はこんな感じだ。

 ところがIBM PCではOSの開発をMicrosoftに委託し、そのMicrosoftはSeattle Computer Productsが開発していた86-DOS(初期名称はQDOS)を買収してIBM PC DOS(とMS-DOS)を開発する。このどこか(おそらくはQDOS成立時点)で、かなりCP/Mの影響を受けていたのではないかという気がする。そもそもQDOSは、Digital ResearchのCP/M-86の出荷が遅れていたので、その間を埋めるために開発されたもの。なのでCP/M風の制御コードの取り扱い(≒VT100のエスケープシーケンス)をサポートしていても不思議ではなく、そうなると必然的にキーボードにはCtrlキーが必要になる。その一方で、System/23についていたさまざまなファンクションキーはIBM PC DOSでは不要である。

photo :Deskthority WikiのIBM 5322 System/23 Datamaster computerの写真より。左のファンクションキーが、いかにもIBMらしい

 このあたりを勘案してであろうか、IBM PCの出荷時にあわせて発売されたModel F(通称83Key)のレイアウトはこんな感じである。

photo Model F(通称83Key)。WikipediaのIBM PC keyboardの写真より。CapsLockが右下に。このキー配置が一番好き、と言う人もまだおられる模様

 どうしてこんなレイアウトになったのかはいろいろ謎だ(このキーボードレイアウトはエストリッジ氏が自らデザインした、という文献もあるのだが、そのエストリッジ氏は1985年にデルタ航空191便墜落事故で奥さんともども亡くなっており、この文献の真偽を含めて既に検証不能である)が、少なくともControlがAの左に位置するという点では、VT100のユーザーとかには受け入れやすかっただろう。

 ただ実際にこれを出してみると、評判はあまりよろしくなかったようだ。SF作家でかつコンピュータマニアとしても知られ、Bytes誌でChaos Manor(混沌の館より)という連載コラムを持っていたジェリー・パーネル氏は、1984年11月号のコラムの中で、まずキーボードタッチの素晴らしさを称賛した後で「On the other hand, the key layout, with that extra key between the Z and Shift. and the tilde(~) between the quotation marks and Return. is enough to make a saint weep.」(その一方で、Zの左に"/"があったり、ダブルクォートとReturn(Enterキーのこと)の間に"~"があるのはひどすぎる)としている。あるいは、Shiftの大きさが小さすぎるとか、Enterキーが小さすぎるとか、要するにこれまでのキー配列に慣れていたユーザー(単にタイプライターに慣れているユーザーのみならず、パーネル氏のようなPCマニアを含む)には、この83Keyは非常に使いにくかったようだ。

 こうした声を受けて、IBM PC/ATの発表に合わせて新しく投入されたのが84Keyである。

photo IBM 84Key。Wikipedia写真より

 キーレイアウトは現在の101Keyに近いが、Control/Altは1つずつしかないし、ファンクションキーは10個で、しかもキーボードの左端にまとめられている。独立したカーソルキーやIns/Delキーなどもない。この84Keyのレイアウトは、ほぼ前述のSelectric Typewriterに近い。恐らく、タイプライターからの乗り換え組にとって、83Keyのレイアウトは不評だったのだろう。

 また、83Keyの時は、ESDはいわばスカンクワークス的に水面下に潜って作業を行っており、他の事業部との連携はないに等しい(製造委託を行った事業部との連携があっただけ)状況だったが、発売から3年も経過すると、当然他の事業部との連携の話も出てくるだろう。例えばIBM PCを使って3270エミュレータを動かそうとしても、キーボードが違いすぎると操作ミスが出まくって顧客からクレームが来ても不思議ではない。「コンサバティブなキーボードにしてくれ」というニーズが社内外から上がった結果が、この84Keyではないかと思う。ここでControlは、キーボードの左下に追いやられることになった、と筆者は考えている。

 そこから101Keyへの移行だが、当時IBM PCが重視していた用途の1つが表計算ソフトだったことが要因として挙げられる。ライバル機であったApple ][の上でVisiCalcが動いたことで、多くのビジネスユーザーがフルセット(FDDを2台と、場合によってはHDDも接続し、メモリをフル実装した構成)のApple ][を導入した。なにせそれまで表計算ソフトというものが存在しなかったから、これはエポックメーキングな製品であり、Appleが躍進した陰の立役者でもある。

 もちろんIBMもこのマーケットを逃すつもりはなく、1981年にはVisiCorpに頼んでVisiCalcの移植も行っている。後にはこのマーケットはLotus 1-2-3がかっさらっていくのだが、問題は、こうした表計算ソフトでは、カーソルによるセルの移動と数字入力を交互に行う必要があることだ。そうした作業を行う場合、カーソルキーと数字キーをNumLockで切り替える、というやり方では作業が非常に煩雑になる。カーソルキーを独立させてくれ、というニーズが出るのは当然であろう。ほかにもいろいろ(ファンクションキーを12個にしてほしいとか)あり、こうしたニーズを全部盛り込む形で1986年に登場したのが、現在の101 Key(正確にはEnhanced 101 Key)が登場した形になる。Controlの位置については、少なくともこの時には全く問題にならなかった様だ。かくしてCapsLockがAの左に鎮座したまま現在に至るというわけだ。

 冒頭で、SunのType-5 Keyboardが邪悪になったのには理由があると書いたが、これはおそらくであるが、OSがSunOSからSolarisに移行したことと関係があるのではないかと思う。SunOSはBSDベースで、SolarisはAT&T System Vベースであるが、それより大きな違いは、Solarisではx86のサポートが追加されたことだ。x86版のSolarisのリリースは1992年であるが、これに先んじてx86に移行する話は出ていた。こうなると、SPARC版とx86版であまりキーボードレイアウトが異なるのもどうかという話は出たと思う。結果として、Type-5ではx86版Solarisに先んじて、101 Keyboardにレイアウトを寄せたのではないか、と筆者は考えている(Type-5 Keyboardは1991年に登場している)。

 と書いたら、松尾さんから「Sun 386i」は?という突っ込みが早速入った。いい指摘だが、Sun 386iは個々のコンポーネントこそ限りなくPCと共通ながら、PC互換機そのものではない(BIOSが違っている)。MS-DOSのエミュレータは動作したのでDOSアプリケーションは動作したが、この程度であればキーボードを101互換にする必要性はなかったと思う。x86版のSolaris(最初のバージョンはSolaris 2.1 for x86)は、普通のPC互換機上で動作することを前提にしていた。というか、この時点でSun MicrosystemsはSolaris 2.1 for x86が動作するハードウェアを一切販売していない。なので、キーボードは市販の101Keyが利用されることを前提にしないといけなかったという違いがある。これがキーレイアウトに影響を及ぼしたと筆者は推定している。

ということで

 CapsLockがAの左にあるのは、そんな訳で英文タイプライターの文化の影響、ということになる。84Keyの策定にも、ひょっとするとエストリッジ氏が関わっていたのかもしれないが、このあたりはもう不明のままである。少なくともVT100スタイル(というかASR-37スタイル)であれば、もう少しもめずに済んだのかもしれないが、英文タイプライターになじみのない文化圏には迷惑でしかない。とはいえ、PCという文化がアメリカ発祥なのだから、まあこれは仕方がないことなのかもしれない。

 余談ながら筆者の愛用するのは、Unicompの101キーボードである。「え、まだ買えるの?」と思われるかもしれないが、実はちゃんと通販で購入できる。筆者が使っているのはClassic 101 White Buckling Spring USBというタイプで、たたき心地は限りなく42H1292に近い。送料がかかるので、毎回2枚ずつまとめ買いをしており、取りあえず今もストックが1枚ある。

 その昔、秋葉原にネオテックがあった頃、店主に「42H1292の在庫ない?」と尋ねたところ、「101Keyなら42H1292よりこっちが最高!」という強い一押しでLexmarkの1391401を2枚ほど買ったことがあるが、どうもフィーリングが筆者には合わなかった。やっぱり42H1292が一番、性に合ってる気がする(42H1292は、IBM model Mキーボードの型番)。そういう、一番自分に合うキーボードを見つけるのが大事なことではないかと思う。え、Ctrlキーの位置? んなもんMicrosoft謹製のCtrl2Capsで入れ替えとけ。

追記:84KeyのControlの位置

 原稿のこちらのページで、84Keyの写真をご紹介した(うっかりリンクを張り忘れたが、出典はWikipediaの"Model F keyboard"の写真である)が、「これは互換キーボードで、オリジナルは違う」という指摘を読者からいただいたので、ちょっと確認してみた。

 読者の方からのご指摘は、オリジナルキーボードはこちらの写真のものだ、とするものだ。これとは別に、Deskthority Wikiの"IBM Model F"の"IBM 5170 PC AT"にも同様の写真が掲載されている。さて、どちらが正しい画像なのであろうか?

photo IBM Model Fの写真。Alt/Control/Caps Lockの位置が見事に入れ替わっている

 一番いいのは当時のマニュアルを見つけることだが、ちょっと探してみたものの見当たらなかった。そこで次に当時のIBMのAnnouncement Letter(製品発表のお知らせ)を確認してみた。84 Key Keyboardは、1984年8月に出された184-092、それと1986年4月に出された186-052の2つのLetterで言及があるが、後者は新しく101 Keyが付属するしたモデルを出すが、既存の84 Keyのモデルもあるよ、という以上の話ではない。前者は84 Keyについて多少言及があるが、"Key-location enhancements and mod indicators (Cap Lock, Numeric Lock, Scroll Lock) improve keyboard usability."(キー位置を改良するとともにモード表示のCap Lock/Num Lock/Scroll Lockを追加して、キーボードを使いやすくした)という程度で、Controlの位置がどこかまでは言及がない。

 そこで当時の記事を調べてみることにした。いろいろと当たったところ、PC Magazineの1984年10月16日号が、ちょうど新しいIBM PC/ATのレビューを行っている。ここの34ページ目でキーボードを絶賛しまくっているが、肝心の(?)Controlの位置には言及がない。また写真も掲載されているが、つぶれていてキートップは判断できない。

 なのであるが、この写真をよく見るとスペースバーの左右にあるキーの形状が凸型になっているのが分かる。これに該当するのは、もともと筆者が掲載したものではなく、読者から指摘のあったPhoto15タイプの方と思われる。ということは、84 KeyでもまだControlは83 Key同様にAキーの左にあった公算が高い。

photo 出典はPC Magazineの1984年10月16日号の当該記事の写真。赤丸は筆者

 そしてControlの移動は101キーボードで行われたことがはっきりした。というのは、先に示した186-052の中に、"The keyboard arrangement is similar to the Selectric (R) keyboard layout, but with 47 graphic character keys. The tab, capslock, shift, enter and backspace keys have a larger striking area and are located in the familiar Selectric locations. Control (Ctrl) and alternate (Alt) keys are placed on each side of the space bar."(キーボードの配列はSelectricキーボードに準じているが、47のグラフィックキャラクターが追加されている。TabとCapsLock、Shift、EnterとBackspaceの各キーは大型化され、Selectricと同じ位置に配された。ControlとAltキーは、スペースバーの両側に配置された)とあるからで、なので最初に記事で筆者が示した84KeyはFake(というか、互換キーボードではないかと読者の方はおっしゃっていたが、IBMのロゴ付けて売るかな?という素朴な疑問はある)と判明した。

 以上、お詫びして訂正したい。

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