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私たちの命と健康はどう守られる? 医療界のAI活用例よくわかる人工知能の基礎知識(2/4 ページ)

» 2019年12月23日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]

ツイートで風邪の流行を予測 予防の取り組みは

 まずは予防・予測について。これは患者が病院に足を運んで診断・治療を受ける前に病気を予防したり、早期に発見したり、あるいは大勢の人々の間で健康上の異常が発生していないかを把握したり――といったステップだ。

 例えば、かつてエスエス製薬が「カゼミル」というサイトを開設していた(現在は終了)。10年にオープンしたこのサイトは、Twitterに投稿されるツイートを収集・分析し、風邪の流行を把握するというものだった。

 11年のバージョンアップでは、「昨日から喉が痛くてイガイガする」など、風邪に関係する可能性が高いツイートを抽出する「カゼミルエンジン」を実装。過去の風邪に関するツイートの増減と、気温・湿度や天気の変化との関連性を分析し、その結果を週間天気予報と組み合わせることで、高い精度で風邪の注意を促す「カゼ話題度予測」も行っていた。

 同様の取り組みを、奈良先端科学技術大学院大学が17年に発表している。こちらはツイートの内容をAIで言語解析し、インフルエンザの患者数や流行のピークを予測するというもの。国の調査よりも早くピークを把握でき、花粉症など他の感染症にも応用可能としている。患者数の推計を国立感染症研究所が報告する実数と比較したところ、約90%の確率で一致したそうである。

 ミクロレベルではどうだろうか。いわゆる「コンシェルジュ」と呼ばれるような、パーソナライズされた提案を行ってくれるAIはさまざまな分野で登場しているが、医療でも例外ではない。

 例えば日本のスタートアップ企業FiNC Technologiesが提供するアプリ「FiNC」では、ユーザーが毎日の運動や食事、睡眠といったデータを入力することで、AIがそれに基づいてさまざまな美容・健康メニューを提案してくれる。ユーザーはLINEのようなチャット形式でbotからアドバイスを受けられる。

 個人が病院を頼ることなく、自分で異常の有無を判断できるようにするための取り組みも進んでいる。前述のAliveCorのサービスでは、デバイスから得られた心電図データに加えて、ユーザーの体重や活動量といったデータも組み合わせることで、心臓疾患に関わる異常がないかどうかをAIが把握してくれる。異常があれば、その結果をかかりつけの医師に通知することもできる。

 ただこうしたAIによる判定は、当然ながら精度の問題もある。現在は医師がAIツールを活用して「早期発見」に役立てるスタイルが一般的だ。その意味でAIによる病気の早期発見は、予防・予測と診断・治療の間に位置するものといえるだろう。

眼底検査、がん治療にもAIを活用

 次に診断・治療である。このステップは、従来型の病院や医師が担当している領域だ。ここではさらに、「診断や治療の精度を上げる」取り組みと、「診察・治療を行う過程を改善する」取り組みの2つに分けて整理してみたい。

 まず前者だが、ここはまさに「医療AI」という言葉からイメージされるAI活用の代表格だろう。バイタルサインやX線写真といった、人間の医師が使っているものと同じ情報を与えることで、AIが人の手を借りずに診断を行ったり、治療法を考えたりするわけだ。

 例えば中国のBaidu(百度)は、瞳孔を開いて目の奥の状態を確認し、眼疾患の有無を判断する「眼底検査」にAIを応用。眼球の画像から各種眼疾患の初期症状を94%の精度で把握できる技術を開発した。このAIはたった10秒で診断を下すことができるため、人間の医師よりも大勢の人々に対応できるのではないかと期待されている(関連記事)。

 治療については、AIで患者個人に合わせた治療法を割り出す取り組みが行われている。例えば東京大学医科学研究所は、米IBMが開発した「Watson」を活用したがん治療の事例を発表している。それによると、スパコンで患者のがん細胞の変異に関するデータを抽出し、それを基にWatsonが膨大な数の生物医学の論文を検索することで、個人にとって最適な治療を見つけるそうだ。実際にこの手法によって、白血病の患者が救われた事例が報告されている。

 後者の例については、慶応義塾大学医学部と富士通が、治療を優先すべき患者を医師に通知するAI技術を開発したと発表。これは自然言語処理と機械学習を駆使し、放射線科医が作成した画像検査報告書の内容を分析することで、入院などの要否を判断するというもの。治療の緊急性が高いとAIが判断した場合、主治医への通知が行われ、適切かつ迅速な対応が可能になるとしている。

 病院内のさまざまな業務をAIで自動化する取り組みもある。例えばチャットbotで簡単な問診をすれば、医師や看護師の負担を軽減できる。他にも、カルテの音声入力を可能にしたり、手書きの書類をAI-OCRで読み取ったりする例もある。

 また、九州工業大学は、非接触型のセンサー類と行動認識AI解析と名付けられた技術を活用し、介護施設や病院などで高齢者を見守るサービスを実現しようとしている。

 これは、センサーで人の動きや心拍、呼吸といったバイタルデータを収集してAIで解析し、対象者の行動を正確に把握するというものだ。さらに患者の状態や看護行動の「近未来予測」することを目指している。

 同様の取り組みを、脳神経外科などの診療を手掛ける医療法人社団KNIとNECが発表している。一部の入院患者は情緒不安定や幻覚妄想などの理由から、病棟を徘徊(はいかい)したり、暴れたりすることがあるが、その予兆をAIで検知するというものだ。実証実験では、AIを活用することで平均40分前に71%の精度で検知することに成功したそうだ。こうした技術が実用化されれば、少ない人員でも優れた医療サービスを提供することが可能になるだろう。

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