政治家による“フェイク映像”の活用という点では、米国でこんな事例も起きています。次のツイートは、今年の米大統領選で、民主党の候補者指名争いに参加しているブルームバーグ前NY市長が投稿したもの。討論会の一場面を切り取った、と思われる動画が付いているのですが……。
冒頭でブルームバーグ氏は、参加者にこう問いかけます。
I’m the only one here that I think has ever started a business ― is that fair?
ここで起業したことのある人物は私だけだと思うのですが――そう言って良いですよね?
この問いに対し、他の候補者たちは無言のままで、うろたえている様子すらうかがえます。このツイートにブルームバーグ氏がつけたコメントは”Anyone?”、つまり「誰か(答えられないんですか)?」というわけです。ビジネスの知識と経験がある自分(トランプ氏も2016年の大統領選で実業家というキャラクターをアピールの一つにしていましたね)を印象付ける狙いがあるのでしょう。
しかしこのツイート、多くのメディアや識者から「誤解を招く不誠実なもの」と非難を浴びています。その理由は単純で、実際の場面はこれとは異なるものだったから。Buzzfeedなどで記事を書いているドミニク・ホールデン記者が、実際はこうでしたというツイートを投稿しています。
つまりブルームバーグ氏のツイートで強調されていたような沈黙はなかったと。彼は(というより彼の選挙参謀は)画像を巧みに加工し、他の候補者が圧倒されているかのような印象をつくり上げたわけです。
こうした恣意的な映像編集は、残念ながらこれまでも行われてきたことです。また、先に挙げたディープフェイクの例で行われているような「言っていないことを言わせる」という種類の事実の歪曲は行っていません(苦しい言い逃れですが)。それもあってか、この種のフェイクにどう対処するか、プラットフォーム間でも意見が分かれています。
TwitterはIT系ニュースサイトThe Vergeの取材に対し、3月5日から施行されるディープフェイク関連ポリシーの下では、今回のブルームバーグ氏のツイートは「操作された(manipulated)」コンテンツと見なされる可能性があるとコメントしています。その場合どのようなペナルティがあるかは明記されていませんが、問題視される可能性はあるというわけですね。
一方でFacebookは、同じくThe Vergeに対して、FacebookおよびInstagram上では今回のコンテンツがディープフェイクに関するルールに反しないと回答。Facebookのポリシー上では「誤報(misinformation)」にも該当しないとして、問題視しない姿勢を示しています。おそらく政治家たちは、当選するために「グレーゾーン」ぎりぎりの線をなりふり構わず攻めてくるでしょうから、今後も同じように対応が分かれるという事例が出てくるのではないでしょうか。
例えば次の映像は、有名な1960年の米大統領選でのケネディ対ニクソンのテレビ討論会です。この討論会ではニクソンがずっと汗をかき、自信なさげだったのに対して、ケネディが若く堂々とした態度を示し、支持率アップに大きく貢献したといわれています。
当時ニクソン陣営にディープフェイク技術があり、リアルタイムで汗やしわを取り除いたり、この映像を再配信(そんなことも軽々しくできる時代ではないですが)する際に、ニクソンの方が自信があるように表情を修正したりといったことが可能だったら――討論の内容にまで手を加えなくても、ケネディ側に支持が移ることをある程度まで防止できたかもしれません。
映像に手を加えることは、どこまでが演出で、どこからがフェイクと見なすべきなのか。まるで現在のテレビ番組のやらせ論争のようですが、デジタルコンテンツでも同様のグレーゾーン問題が拡大し、議論が続けられることでしょう。
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