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“繋がりすぎる”ネット時代の誹謗中傷問題、解決策はあるのかotsuneの「燃える前に水をかぶれ」(5/5 ページ)

» 2020年06月11日 09時00分 公開
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実名、顕名、匿名それぞれの「ズルい」論

 「議論は文章の論理だけで判断されるべきだ」「発言者の職業や知名度や社会的地位を利用して、説得力のない主張をゴリ押しするな」というのはネットの匿名投稿の是非論で擁護として必ず言われることです。

 部分的には正論だと思いますが、今回のレスラー死亡事件のように悪質な投稿の隠れ蓑(みの)として転用されてしまう危険性もあり、素直には受け入れられない場面も多々あります。

 ゲマインシャフト(共同体)とゲゼルシャフト(機能体組織)という用語があります。

 共同体とは家族や友人や学校など身の回りで自然発生した人間関係のことを指しています。機能体組織とは特定の目的を解決するための集団のことを言います。プロジェクトチームなどの集団を想定しています(ちなみに日本における会社組織は共同体の役割が非常に大きいと思います)。

 人類は古代の頃から集団になって群れを作って生活してきたので、この共同体における人間関係の維持に最適化された発想や発言をするように進化してきたといえます。

 特徴として、判断を内容ではなく「その発言者が身内かよそ者か」「好ましいか嫌いか」で決める傾向が強いのです。

 また共同体からはみ出して孤立することがペナルティーになるという考えを持つので、そこから「実名で顔出しして活動している人は、その所属組織など上の関係者にクレームをつけても良い」という発想が出てきます。

 「悪口を投稿して反論されたら匿名は逃げるからズルい」という苦言はネット論争では2001年以降の匿名掲示板文化の時代から存在が確認されています。それ以前の時期は、技術があればIPアドレスのログやホームページURLから属人性の追跡が可能でした。

 これは批判や苦言を含めたなんらかの言及に対して、言論による反論だけでなく「その投稿者の人物としての評判」まで責任と覚悟を持つべきだ、うかつな間違った投稿をしたら恥をかくべきだという発想が含まれています。

 また、告発や指摘された人にとって、投稿が耳に痛く拡散してほしくない情報であった場合、反論による言い逃れは効果が薄く、かといってさらなるうそを重ねれば立場が苦しくなるという状況も考えられます。その状況では裏ワザとして、その投稿者の私生活に影響があるような、論点とは無関係な圧力をかける手法が昔から取られています。

 例えば投稿者の学校・雇用主や企業・取引先やスポンサー・師匠や上司など目上の人間など、本人が逆らいにくいところに「ネットの投稿で迷惑を受けている」と苦情をいれます。昔からネット論争では、投稿者が自営業であったり企業の社長であったりすると、この圧力手法が適用されにくいので「上司の目を気にしなくていい人はズルい」と揶揄(やゆ)されることもありました。

繋がりすぎるネット 「好き」と同じくらい流通してしまう「嫌い」

 ネットが普及した理由の一つに、実社会ではキャッチしにくいマイナーな趣味や、市場規模的に大手メディアでは成り立ちにくい実験的でマニアックな視点の情報が低コストでやりとり可能になったことが挙げられます。そのような「好き・共感できる」という感情の流通にネットという仕組みは非常に相性が良かったのです。しかし同時に「嫌い・許せない」という攻撃的感情も同じように流量が増えることになりました。

 ただ逆に考えると、現実の共同体では困難であったり不可能である「気の合わない人と距離を取る・発言を不可視にする」というきめ細かい制御はネットのデジタル技術で実現可能になりました。

 例えばある人が「お酒は飲むのも見るのも嫌いだからこの世からなくしてほしい」と強く願っても、そうではないお酒好きな人や酒造業の人とは相いれない要望になり実現は難しいでしょう。現実的には酒販専門店やゾーニングされた販売方式などでお互いにトラブルが発生しにくいように政治的に調整がされることで妥協することになります。

 公共の場などで発生するもめ事は「個人的な嫌悪感や要望が、全員の場では意見が対立して通らない」という理由から発生しています。

 デジタル技術によって自分の視界から特定関連キーワードを非表示にしたり、特定の人物をブロックしたりすることは容易になりました。これからのネット社会の使いこなしやトラブル解決の方向性は、裁定や政治的な調整だけでなく、すでにある非表示機能や、AIが代理人的に大量のコメントをフィルターする機能など、技術的に解決する方向に進むのだろうと思います。

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