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地方の再生は災害対策シミュレーションから? 大林宣彦監督の“尾道三部作”で、ITを使った街の再生を考える(3/3 ページ)

» 2020年07月20日 15時42分 公開
[Masataka KodukaITmedia]
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再生する街のインフラに真に貢献するITであるために

 ヤマタノオロチの神話が示すように、豪雨は人間にとって厄災であると同時に、それが上手にコントロールされたならば農業にとっては恵みの雨となる。話題が多少飛ぶが、ここで尾道における水事情と、同じ坂の街、神戸の水事情を比較してみよう。

 司馬遼太郎氏は「街道をゆく」21巻、「神戸散歩」の中で、スコットランド出身のウィリアム・K・バートン氏による神戸の下水道/布引貯水池設計、工夫された設計から生まれた布引の滝の水の美味しさ、世界の船乗りたちが「コウベ・ウォーターは世界一だ」とそのおいしさを称賛した事実、それが灘の酒のブランディングを確立したことを述べている。

 例えば、先ほどの水たまり分析Grasshopperプログラムで神戸、明石海峡大橋のふもとにある舞子駅周辺の3Dモデルを分析すると、尾道とは異なった色彩結果となる。

photo 水たまり分析Grasshopperプログラムを使った神戸市垂水区舞子の分析結果。垂水区は日本で最も急な坂道の一つも存在する、凸凹の激しい地形だ。画像の左下部が、明石海峡大橋が淡路島に向けて架かる場所である。神戸はなぜか700円だった。

 豪雨が起きた場合、色が付いている場所が、水のたまる箇所だ。この結果を見ると、同じ坂道の街とはいえ、神戸の場合、尾道と異なり山から海に至るまでに、ふんだんに凹地もある(つまり凹凸が激しい地形なのだ)ので、その窪地に雨がたまるということが分かる。布引貯水池の設計も、そういった地形を活用して設計されたのだろうと推察できる。

 尾道に戻る。個人談で恐縮だが、筆者が04年に尾道に宿泊したとき、旅館の館主が「尾道の水道代は、おそらく日本で3番目かな、ものすごく高いのです。旅館のやりくり、大変ですよ」と不満を漏らしていた(参考記事)。確かに、Grasshopperによる分析結果では、水たまりができる場所が全くない。恵みの雨は、千光寺山から、あっという間に尾道水道へと流れ込んでしまうので尾道には大きな水たまりができない。このため、水を他の場所から持ってくる必要があり、水道代が高くなる。

 もちろん地形条件による限界もある。だが、同じ坂の街でも都市開発のスタート地点の設計手法で、神戸と尾道の水事情が大きく異なる運命とたどる結果となったことが分かる。地形データを600円でダウンロードできるようなITが存在しない時代の話であるから、バートン氏の作業は大変なものだったであろう。しかし、今、私たちには利用する価値のある技術の選択肢があるのだ。

photo Grasshopperを用いた放射線分析。電力について今回は詳述しないが、建物の屋上全てに太陽光パネルを設置すればそこそこの電力が自給できるだろう

 街の再設計において、欧米では既にこうしたITの活用が進んでいる。今回はGrasshopperによる実例を軽く紹介するにとどめたが、例えば、都市設計で利用されるドイツのソフトウェア、ENVI-Metでは都市における排気ガスの流れや、猛暑のストレスを軽減するための風の通り道を分析し、設計に反映できる。

 土木業界を中心に普及が進むRevit/Dynamoでは、駅ビルを建設する場合、企業オフィス、医療施設、商業施設、居住エリアに割り当てるフロア数をどのように調整すれば、経済的効果が高くかつコロナ禍でも十分な数の病床を提供できる空間をデザインできるか、といったオプティマイズを行うことも可能だ。

photo ENVI-Metを利用したドイツのある街の、風の通り道分析。画像提供:ASOBU GmbH

 特に連邦州制度による地方分権が尊重されるドイツでは、居食住のみならず、仕事など経済活動と医療介護はもちろん、さらにはエネルギー/食材の自給自足なども含めて、生活にまつわる全てのことを1つの地域内で完結できる都市再設計、街づくりが行われている。そこでこの記事で紹介したITが活用されている。コロナ禍、公共交通機関を使った長時間通勤への不安、リモートワークが増加したため、この傾向はますます進むだろう。

photo Grasshopperが尾道で最も水がたまる場所として分析した範囲の左上にある吉備津彦神社で雨宿り&居眠りを行う尾道の猫。この日、豪雨が始まり、広島の交通機関はまひした。19年7月、筆写撮影

 ある大林監督映画のエンディングは、Grasshopperによるシミュレーションができたなら大きく変わっていたかもしれない。もちろんそこを変えてしまっては感動が失われてしまうだろうが、リアルな尾道が豪雨や猛暑に立ち向かえる可能性は、確実にある。もちろん、他の地域でも。

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