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宇宙で造ったビールで乾杯 とある町工場が本気で挑む“宇宙醸造”への道食いしん坊ライター&編集が行く! フードテックの世界(3/3 ページ)

» 2020年11月02日 07時00分 公開
[武者良太ITmedia]
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味も追求できる“全自動醸造”

photo 高砂電気工業の浅井直也会長

 ところで、宇宙空間で造るビールの味はどうなのだろうか。嗜好品であるからには、不味くて良いわけはない。

 「宇宙空間でもホップが決め手です。良いホップを適切に使うことで、味と香りが決まり、劇的においしくなります。われわれの装置も、適切なタイミングでホップを加える仕組みが組み込まれています」(浅井さん)

 宇宙空間は多くの制限はあれど、地上のビール醸造とできるだけ同じプロセスを再現したいという。さすがに宇宙で一から麦芽を糖化させることは難しいようで、麦芽を糖化させたモルトエキスを使うことにはなったが、苦味を付けるビタリングホップと香りを付けるアロマホップを投入できるようにした。つぶして固めたホップを詰めたマイクロタンクを用意し、適切なタイミングでビール液を通すことで添加と同じ状態にするという。

 焙燥したスペシャルモルトの投入もコントロールし、ビールの風味を高める仕組みも組み込んだ。クラフトビールのテクニックといえる瓶内発酵も再現できるよう、一次発酵が終わったら少量のビールを循環させ、残った酵母で二次発酵させて炭酸を加えられる構造だという。

photo 宇宙でもホップが鍵に(写真はイメージ)

 よくぞ、手で持てる箱に収まるサイズの機械で、ここまでのこだわりを――。無人環境だから全自動化も必須だというのに。

 「京都の伏見にある松本酒造の醸造アドバイザーの方に、設計図を見てもらったところ『OKです』とお墨付きをいただきました」と浅井さん。高砂電気工業はまだ醸造免許を取得していないため、京都市のクラフトビールメーカー西陣麦酒に協力を依頼し、12月ごろに地上での実験を行う予定だ。

自動醸造は地上でも生かせる仕組み

 協力者やスポンサー探しにいそしむ浅井さんいわく、このプロジェクトの意義は2つあるという。1つは無重力な空間で流体を制御する技術の確立、もう1つは人間が行ってきたプロセスの全自動化を目指すことだ。ビール醸造の工程もそうだし、微生物や菌の培養技術の工程の自動化もそうだ。

 「単においしいビールを飲むだけではなく、応用範囲の広い技術になると考えています。培養肉の塊肉を作れるかもしれませんし、ミドリムシのような藻類の培養もできたらバイオディーゼル燃料も作れます」(浅井さん)

 宇宙空間での発酵プロセスがどのようなものかは未知の世界だ。こればかりは地上で実験できない。もくろみ通りにうまくいくかは、宇宙で試してみなければ分からない。

 しかし、人間が行ってきたプロセスの全自動化とおいしいビールを造るプロセスを合わせたら、ITやAIを活用した日本酒づくりで世界的ブランドとなった「獺祭」のような姿を目指せるのではとも感じる。高砂電気工業のアプローチは、宇宙空間だけではなく地上でも開花するフードテックとなるのではないだろうか。

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