醸造装置について説明する前に、ビールの造り方を簡単に説明しよう。ビール酒造組合によると、まず麦芽からホコリなどを取り除いた後、水に浸し発芽させ、温風を当てて乾燥。次に麦芽に温水を混ぜると、麦芽の酵素の働きによってでんぷんが糖分に変わり、液体が糖化。それをろ過してホップを加え煮沸した後、冷却して酵母を投入。酵母によって発酵が進み、液体がアルコールと炭酸ガスに分解される。熟成を経て、ビールの味と香りが生まれる。
プロジェクトを始めたものの、高砂電気工業にはいくつかの壁があった。まず宇宙空間での酵母の働きが未知数のため、どのような仕組みが適切か分からない。無重力空間で稼働する閉鎖式の装置も設計しなければならない。
「地上の醸造では酵母が活動する熱によって液体が混ざりますが、無重力空間ではそれが起きません。炭酸ガスの分離も問題です。地上の装置は上部が開放されるため余計な気体が自然と抜けていきますが、宇宙空間ではそうもいかないのです」(前川さん)
さらに人工衛星の打ち上げには、総重量が1g増えるごとに1万円、1kgで1000万円の追加費用が必要になるという。そのため醸造装置は、できるだけコンパクトでなくてはならない。
こうした点を踏まえ、第1世代の醸造装置は10cm四方の超小型の人工衛星「キューブサット」に入るサイズで設計。タンクやバルブの他、ホップなど材料を収納するパーツも極めて小さくした。
第1世代はパーツとパーツを結ぶ配管が露出していたため、第2世代で改良を進めた。複数の管が分岐する構造の筒「マニホールド」を用い、体積は倍の10cmx10cmx20cmに。第1世代から引き続き、発酵時に発生した炭酸ガスを抜く「デガッサー」という装置も組み込んだ。
「宇宙空間でビールを発酵させると、酵母のまわりに球状の炭酸ガスが付いているのではと想像しています。デガッサー内の気体透過性膜を通し、圧力を調整することで気体だけを抜けるのではと考えています」(前川さん)
液体を混ぜることについては、複数の配管とバルブを活用。例えば1番の配管から液体を入れ、2番の配管から抜き、3番は閉じておく。次に2番を閉じて3番から抜く、といったようにマイコンでコントロールすることで対流を作る。バルブの開く方向を繰り返し切り替えることで、タンク内で強制的に撹拌できるそうだ。
ところで、デガッサーで抜いた炭酸ガスの処理はどうするのだろうか。
「実験では宇宙空間に放出すると思います。1カ所から放出してしまうと衛星の姿勢が変わってしまうので、対角線状に2箇所から放出します」と前川さん。改めて地上での醸造とは全く違う考え方なのだ、と感じる。
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