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最終回:Apple Siliconがやってきた そのさらに先、「Apple ISA」への遠い道のりApple Siliconがやってくる(3/3 ページ)

» 2020年11月25日 07時05分 公開
[大原雄介ITmedia]
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Appleの「Plan B」、Apple ISAとRosetta 3

 もう一つ、Armの命令セットで不都合があるのは、NVIDIAの買収に絡む話である。NVIDIAのジェンセン・ファンCEOはArm買収に際し、「将来のArmのIPでCUDAが利用できるようになる」という見通しを述べている(この辺りは「Arm買収、本当にできるの? NVIDIAの真意とは」で書いたので繰り返さない)。問題はAppleの立場で考えた時、果たしてCUDAをサポートするArm命令はどう見えるだろうか、ということだ。

 こうした状況を考えると、既にAppleはArm ISAの次になるものの検討や実際に仕様策定の作業を開始しているだろうと筆者は確信している。そして、それはRISC-Vではないだろう。Appleは既に独自のアーキテクチャに基づくSiliconとSoftware Platform、そこに向けた開発環境及びエコシステムパートナーを既に抱えている。これはRISC-V陣営が今もって欲しており、ただまだ十分からはかなり遠い状況にあるものだ。つまりAppleはRISC-Vに参加して得られるもの以上の環境を既に自分自身で構築しており、参加するメリットが皆無である。むしろAppleの好き勝手にISAを策定できない、というデメリットだけが残る結果になりかねない。

 そもそもRISC連載「RISCの生い立ちからRISC-Vまでの遠い道のり」で説明してきたように、命令セットそのものの構築は、超優秀なエンジニアが数人程度いれば可能である。

 それをSiliconにするのには相応の数のエンジニアが必要だが、既にA14やApple M1を現実に構築しているAppleならば当然可能である。ちなみにこれはMacだけでなくiOSデバイスも同じである。現状のApple M1の上で動くRosetta 2の性能を鑑みれば、将来のiOSデバイス上でRosetta 3(仮)を動かすのは難しいことではない。まずはRosetta 3(仮)の上で既存のiOSアプリケーションを稼働させ、数年の間にApple ISAネイティブに移行させる、というのは無理がないだろう。

photo M1 MacでIntel Mac専用コードを最初に実行しようとするとRosetta 2がトランスコードする

 もちろんこれが登場するのはずいぶん後になるだろう。プラットフォームの転換には数年かかる。実際Apple自身、今後2年間はIntel MacとArm Macが併売されると明言している訳で、切り替えが完全に終わり、Intel MacのOSがサポートされなくなるまでにはあと5年かそこらはかかるだろう。切り替えが行われるとすれば、その後である。

 そもそも直近、Appleの開発陣は、M2(仮)とかM3(仮)の設計作業で忙しいだろう。M1はある意味従来のiPhone/iPadと同じ熱容量の設計であり、「ほどほどの消費電力で相対的に高い」性能は出せるが、「電力をフルに消費してブン回せる」設計にはなっていない。

 かつてAppleが買収したP.A.Semi(連載で説明した、ダニエル・W・ドバープール氏率いる一団だ)はこうした設計が得意(なにせサーバマーケット向けのチップをSiByteとP.A.Semiで作っていた)なのだが、これは12年も前の話。ジム・ケラー氏が抜けたのも8年前であり、現状でP.A.Semi時代のエンジニアがどのくらい残っているかは不明である。

 なので仮にサーバ向けチップを作るノウハウがほぼ失われたと仮定すると、やはり設計(特に物理設計)には半年以上かかる気がする。この辺りが一段落するのは2021年後半だろうか? その辺りから、Apple ISAを実装したテストチップというかプロトタイプがぼちぼちと試作を始めるのではないかと思う。

 プロトタイプである程度の性能が出ることが確認できたら、macOSやiOSの移植がスタートし、アプリケーションの動作確認を行い、移行ツールや開発環境のサポートを追加して、という具合に用意に数年を要するだろう。後は市場の動向などを見ながら、どこかのタイミングでApple ISAに切り替える発表をするだけだ。個人的な見通しで言えば、2020年代はArm Macが続くかもしれない。ただ2030年代はもうArm Macではないような気がする。

 Appleというのは、現状では唯一「垂直統合」を成し遂げたコンピュータベンダーになった。かつてはIBMにしても国内のコンピュータメーカーにしても、独自のアーキテクチャと命令セットを持つマシンを自社で製造、ソフトウェアも自社提供という形になっていた。それが時代が経るごとにどんどん垂直統合から水平分散に代わっていき、アーキテクチャのベンダー、シリコンのベンダー、ソフトウェアのベンダー、と複数のベンダーがまとまってソリューションを提供する形に変わっていった。

 唯一Appleだけがこの流れに逆らう形で垂直統合を進めるという、歴史的に見ると非常に稀有な存在になっている。仮にApple ISAが実現した場合、残されるのはFabである。例えば2030年代に入って、破綻したIntelのFabをAppleが買収して自社のSilicon製造を行う、なんてシナリオは昨今の業界の動向を見ていると、あながち荒唐無稽とは言い切れない。さて、どうなるだろうか?

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