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» 2021年06月03日 07時00分 公開

「科学的に正しくない物語」と「ユーザーインタフェース」(2/2 ページ)

[西田宗千佳,ITmedia]
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「物語のために要素をカットする」ことは「ユーザーインタフェース」である

 とはいえ、だ。

 誤解してほしくないのだが、筆者はこのことをあら探しのようにあげつらいたいわけではない。遅延を描写していないのは、明らかに「制作側の選択の結果」であり、当然の選択だと考える。

 物語は、技術的・科学的に正しいこと自体を目的としない場合がほとんどだ。距離や遅延をテーマにした話でない限り、遅延の描写など枝葉末節にすぎない。正確に遅延を描写することが物語の質を高めることに寄与する(「2001年宇宙の旅」辺りの描写がそれにあたるだろうか)なら話は別だが、遅延を描いても面白くならず、多くの読者・視聴者が不自然に感じるだけであるなら、その描写をカットするのは正しい判断である。ほとんどの人は、遅延が描かれていないことに違和感を持たず、むしろ自然なものと捉えるだろう。

 「むしろ自然と捉えるであろう」という点にこそ、重要な本質が隠れている。

 すなわち、人間は「テクノロジーによって距離を隔ててコミュニケーションすること」に慣れていないし、それを自然なものと受けとめるには、後天的な習慣づけが必要である、ということだ。

 リモートワークによるビデオ会議が増えて以降、われわれは「通信には遅延がある」ことを身をもって感じ続けてきたはずだ。一般に、ネットを使ったビデオ会議システムでの音声遅延は「200msから500ms」程度。0.2秒から0.5秒の遅延ですら、あんなに話しづらく感じるのである。これが2秒になったら大変だ。

 先日新しいiPad ProやiMacのテストのため、Appleの「FaceTime」で知り合いと長時間通話することがあった。FaceTimeは機能がシンプルなのでビデオ会議に向かないのだが、一方で、遅延が他のビデオ通話よりも短い傾向にある。日本国内同士なら、音声だけなら100ms程度、ビデオでも200ms以内ではないだろうか。そのため、びっくりするくらい話しやすかった。

 別に「だからFaceTimeがいい」ということを主張しているのではない。遅延がちょっと短くなるだけで、会話のしづらさが劇的に改善される……ということを久々に体感したのである。ビデオ会議サービスは機能競争となっているが、遅延の短縮という「本筋」も努力していただきたい、と強く感じたものだ。

 また、「あまり差が分からない」といわれる4Gと5Gだが、通信速度と同様に遅延が短くなっているのもポイントである。以下の画像は5Gと4Gで、同じ場所で通信した場合の結果である。5Gではデータ通信速度が上がっていることに目を奪われるが、「Ping」(ネットワークの応答速度を示す1つの値)が半分以下に短くなっていること、Pingのブレを示すジッタ値も小さくなっていることがポイントだ。

 4Gとの併用ネットワークであり、5Gの本質が出にくい現状でもこれだけ差が出るのだから、5Gのスタンドアロンネットワークになればさらに改善されるだろう。

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photo 上が4Gの、下が5Gでの通信テストの結果。速度も速くなっているが、Pingとジッタが減り、遅延が短く安定的になっている点にも注目。

 ちょっと話が横道にそれた。元に戻そう。

 テクノロジーによって可能になったことでも、人間が生物として持っている感覚と離れた要素、というのは多数ある。「知覚しづらい要素」とは、そうした部分のことを指すのだろう。

 少し前の本コーナーで「なぜWebサービスは混雑で落ちるのか」という話をした。一つの原因は「同じ時間に人が殺到すること」なのだが、別の言い方をすれば、「人が殺到していることが可視化されないこと」が課題でもある。現実の街なら、行列していたら「諦める」「後から来る」「それでも並ぶ」などの判断ができるが、ネットではそうはいかない。

 チャットサービスには「今相手は書いている」という表示が出るが、あれも「反応が可視化されていないと、待てばいいのかそうでないのかが分からない」という事情で付いている。まあ、キーの操作を見ているので「相手が書こうとしてやめた」のは分からず、無駄に待ってしまうことも多いが。そうやってサービスを使う時間を少しでも長くしたい……というサービス運営側の事情もある。

 人は想像力を働かせるのが苦手だ。正確にいえば、「そのつもりでいればいくらでも考えることはできるが常にそうではなく、多くの場面では目の前の現象のみで判断する」ことが多い。生き物なのだからそうあるのが当然だ。

 テクノロジーは、人間の動物的な部分とは別の論理で動く。だから、技術やサービスを作る側が人間の生理を理解して「できる限り頭を使わずに反応できる」よう作り上げる必要がある。

 すなわち、サービスにおいて「ステータスやサービス挙動を分かりやすく可視化する」ことの本質は、「物語のために遅延に関する描写をカットする」ことと同義なのだ。

 そういう目線で見ると、いろいろなサービスがなぜ細かなアニメーションを加えるのか、色を変えて表現するのか、といった「ユーザーインタフェースにとって重要なこと」がより分かりやすく、興味深く感じられると思うのだが、いかがだろうか。

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