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「コロナ禍からの脱却」はなぜ難しいのか ソニーとJAL、2つの取材から考えた(2/2 ページ)

» 2021年08月12日 16時25分 公開
[西田宗千佳ITmedia]
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「航空会社とワクチンパスポート」にみる、コロナ禍脱却の難しさ

 7月半ば、筆者は日本航空(JAL)に、ワクチンパスポートに関するインタビュー取材を行った。正確には1人で行ったわけではなく、取材の中心は、友人であり決済分野などに強いジャーナリストである鈴木淳也氏だ。鈴木氏はすでにこの件についてImpress Watchで詳しく記事化しているので、そちらも併せてお読みいただきたい。

 取材に対応いただいたのは、JAL・CX企画推進部 デジタルCXグループの塚本達氏だ。JALは4月以降、いくつかの「ワクチンパスポート」「陰性証明」アプリの実証実験を行っている。

 JALが取り組んでいるのは、「コモンパス」「VeriFLY」「IATAトラベルパス」という3つのデジタル証明書アプリの導入試験だ。コモンパスは4月に、ホノルル線・シンガポール線の2回で内部関係者を対象に実証実験を行った他、VeriFLYについては米国本土路線、IATAトラベルパスは羽田とホノルルを往復する路線で、一般乗客を含めた継続利用が続いているという。

photo VeriFLY

 ただし、7月中旬の段階では乗客の1割がVeriFLYを使い、2カ月で1000件程度の利用にとどまっているという。VeriFLYはまだ「陰性証明書」機能のみでワクチン接種証明に対応していないが、米CDC(米国疾病予防管理センター)が同アプリを正式に認めている関係から、ビジネス向けで北米と中南米を行き来する人々の利用が中心だという。

 陰性証明やワクチンパスポートの導入は、陰性証明・ワクチン接種を条件に隔離措置を緩和している国で、入国手続きをスムーズにすることが目的だ。アプリ化する理由は、手続きそのものの高速化にある。

 航空会社は入出国の手続きをしているわけではない。航空会社がカウンターでチェックする理由は、飛行機のチケットを持った乗客が国による「実際の入出国手続き」で止められ、旅行できない不利益を被らないよう、事前チェックしているのである。この点は留意しておいてほしい。

 その上で、チェック精度を高めつつ、乗客1人当たりにかかる時間を短くすることは「乗客に対するサービス」という意味でとても大きな意味を持つ。

 塚本氏は「紙の陰性証明が空港のチェックインカウンターに持ち込まれた場合、そのチェックだけで200秒かかる」と話す。係員が書類の正しさを目で確認するわけだから当然だ。一方、こうした処理がオンライン化されれば「IATAトラベルパスの場合で、長くて10〜20秒程度、実際には3〜5秒程度で完了する」(塚本氏)という。

 入国にはコロナなどの疫病以外にも、ビザの有無や過去の渡航歴など多彩な条件があって、国により異なっている。空港では、もともとそうした条件をちゃんと把握した上で搭乗手続きを行っているわけだが、われわれはそこで長時間待たされたりはしない。個々の国の条件を組み込んだ上でオンライン化されていて、自動的に処理されているからだ。こうしたルールをつかさどる部分を「ルールエンジン」という。

 IATAトラベルパスやVeriFLYの場合、陰性証明・ワクチン接種証明も、このルールエンジンに組み込まれる形で対応が進むことになる。コモンパスの場合、現状でルールエンジンはないが医療機関と連携し、陰性証明などが行える。将来的にはルールエンジンの対応も可能性がある。

 ここで問題となるのは、先ほど述べたように「航空会社でのチェックは実際の入出国ではない」ということだ。

 現状、全ての国がデジタルでの陰性証明・ワクチン接種証明に対応していない以上、紙の証明書は別途必要になる場合が多い。そして日本の場合、入出国のチェックはかなり厳しい。紙でのチェックが基本で、デジタルでのプロセス自動化に至っていない。

 人がチェックするという場合には「時間」と同時に「属人性」という課題も抱えている。日本への入国に際しても、担当者の処理がブレていて強制送還になる……という事例も聞いている。

 本質的には、国の対応を変えていかないと改善はされないのだ。

 JAL・塚本氏は「JALとしては8月にアプリの試験を終了、9月には次のプランを策定し、秋以降の実用化を目指したい」と話している。だが、そうした処理も、国同士で合意が取れた場合に限られている。証明が相互に通用する国同士だけでの移動を「トラベルバブル方式」と呼ぶ。当面はトラベルバブル方式が適応できる国、例えばシンガポールなどが対象となるだろう。「年内にビジネス路線で1つ、観光路線で1つ、長距離路線で1ないしは2つ」(塚本氏)の対応が目標だ。

 実際問題として、国際旅行では複数の国・空港をまたいで移動することも多く、少数の直接航路の移動が改善しても元の状況には戻らない。各国間で情報を統一的にやりとりする仕組みを整備する必要があるし、それにはデジタル化が前提となる。属人的対応である日本は、まずそこから改善しなくてはならない。

 こうした諸問題の解決には、国側が積極的に動ける体制が必須となる。その意味で、オリンピック・パラリンピックという「特別対応」が必須のシチュエーションはプラスだったとは思えない。パラリンピックが終わる9月上旬までは、夏季休暇を挟むこともあり、あまり大きな動きが望めそうにない。こういう点も含めてプライオリティ設定をどうやっていくのか、本当はもっと早い時点で政府サイドからのメッセージが必要だったのだろう。

 日本の対応も課題だが、他国の対応がどうなるかも考えると、「海外渡航のノーマル化」にはまだまだ時間がかかりそうな雲行きである。

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