SaaSの料金設定を巡る疑問に、価格設定に関するコンサルティング事業を手掛けるプライシングスタジオの高橋嘉尋社長がQ&A形式で答えます。
Q:自社でSaaSを提供しています。サブスクリプションの価格変更を予定しており、既存顧客に対しても新しい価格プランを適用するべきか悩んでいます。どうするべきでしょうか?
A:適用する場合とそうでない場合でそれぞれメリット、デメリットがあります。既存顧客に対し新しい価格を適用すると中長期的に大きな増収を見込めますが、解約リスクを孕むことにもなります。
まず、既存顧客に値上げしたプランを適用するときのメリットを整理します。
例えば現在のMRR(Monthly Recurring Revenue:月間経常収益)が3000万円で、新しい価格プランは旧プランから10%値上げしたと仮定します。値上げによる解約がなかった場合、月間300万円の利益増加が見込めることになります。
これが1年、3年と続くと考えると億単位で利益が変わることになります。定期的に値上げをしていく場合、この利益差がさらに積み重なり、より大きな利益差を生むでしょう。その利益を、新機能開発などサービスへの投資に回すことで顧客との関係性をより強固にすることにもつながります。
メリットはもう一つあります。それは、既存顧客の「内的参照価格」の引き上げです。
内的参照価格とは、顧客が商品を購入する際に基準とする価格のことです。つまりその人が妥当だと考える「値頃感」のようなものです。実売価格が内的参照価格よりも低い場合、相対的に「安い」と感じて購入意欲が湧きやすくなります。
この内的参照価格には個人差があり、過去の経験などを基に消費者の記憶の中に形成されます。一方で、現在支払っている金額にアンカリングされる(先行する数値に、後に判断する数値が影響を受ける)傾向もあることから、数年に一度の大きな値上げは受け入れられにくくなります。逆に、短中期的な段階的な値上げは受け入れられやすくなります。
SaaSビジネスでは、コスト構造の変化など、予期せぬタイミングで大きな価格変更を余儀なくされることもあります。既存顧客に対しても新しい価格プランを適応しておく方が、結果として値上げという選択肢を持ち続けやすくなります。
新しい価格プランが値上げの場合、当然ながら解約リスクを抱えることになります。一方で新しい価格プランが値下げの場合、想定より顧客が増えず、値下げの割合と近い割合でMRRが下がることもあります。
他にも、以下のような心理的なストレスに悩まされることもあるでしょう。
こういった問題への対策として「Grandfather Pricing」という手法が存在します。これは既存顧客には新しい価格プランを適応せず、新規顧客だけに適応するもので、SaaS・サブスクリプション業界では広く普及しています。
繰り返しになりますが、既存顧客に対し新しい価格プランを適用するのはメリット、デメリットの両方が存在します。一概にどちらが正解とは言い難く、最終的には意思決定の問題になるでしょう。
とはいえ、値上げした場合のメリットが大きいのは事実です。個人的には、しっかりとした調査を行い既存顧客に許容されるプランを策定する、積極的なコミュニケーションを心掛けるなど、デメリットをケアしつつ、既存顧客に対し新しい価格を提案することをおすすめします。
プライシングスタジオ株式会社代表取締役社長。これまでリクルートをはじめとする大手企業から中小企業まで数十サービスの価格決定を支援。また、公的機関、学会、雑誌などへのプライシングに関する論文提出や講演会、寄稿などを通じ、プライシングに対するノウハウを積極的に発信。プライシング専門メディア【プライスハック】監修。
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