「この企画は、『はさみといえばコクヨ』と言ってもらえるような長く使える定番的な製品を作ろうということで始まりました。例えば、コクヨのノートといえば『キャンパスノート』みたいなものが、生活用品としてのはさみにはまだないなと思ったんです」と藤谷氏。つまり、そのくらいはさみははさみであって、ブランドによる違いがあまり感じられないのだろう。プラスの「フィットカットカーブ」が売れたのも、特徴がハッキリしていて違いが分かりやすかったということがあったのだと思う。それでも、それがはさみの定番になったかというと、それはよく分からない。
そして、HASAは何が違うのかという点に関しては、表層的な部分では、あまり変わっていないという。
「開発時に行った生活者へのインタビューの中で、『見せかけの機能でモノを選ばない』という意見が多くありました。店頭などで機能を伝えやすくするためにと考えた色彩や造形、素材選びなどが、必ずしも『長く使う』モノには適さない場合があることを感じ取っている方が多かったんです。そうした思いに応えるためにはどうしようと考えて『正直』というキーワードに辿り着きました」と藤谷氏。
正直とはどういうことだろう。「表層的な特徴を付けるのは、何か違うと思ったんです。普及型のはさみは、手を抜いているという訳ではないのですが、手に取りやすい価格を実現するために、製造行程が簡素化されていたりもするんですね。丁寧さには多少欠けるところがあるんです。それでこの製品に関しては、そういう簡素化をやめて、はさみ作り本来の丁寧な加工をしてもらっています。細部まで人の手による精緻な調整をすることで、いろんな要素がすごく噛み合った時に、良い切れ味が生まれる、そういう製品を考えました」。
丁寧な加工というのは、例えば“かしめ”部分に調整可能なビスナットを採用して、職人の手でかしめ具合を1つずつ調整できるようにしたことや、刃の接触面積を減らす加工をして摩擦抵抗を低減するといったこと。他にも長く使えるように耐久性を高めるために、ハンドルの素材を劣化する可能性があるエラストマーを使わず、長持ちするABS樹脂のみにするとか、長く使うとどうしても効果が薄らいで切り心地にも影響する、フッ素コーティングやチタンコーティングをやめるといった判断もした。
「フッ素コーティングは、接着テープなどのべたつくものを切った時に、刃に糊がつきにくくするコーティングで、確かに便利なのですが、コーティングする分、切り心地に影響が出るし、コーティングは使い方によって剥がれる可能性があるので、そういう部分は、切り心地の良さを突き詰めることにして選択肢から外しました。その代わり、裏スキという、刃の内側を抉って、接触面積を減らす加工をすることで、摩擦抵抗を減らすと同時に、糊が付きにくい構造にしています」と藤谷氏。
もちろん、買ってすぐの状態で比べれば、フッ素コーティングされた製品の方が、糊は付きにくい。林刃物の「非粘着はさみ」のような、糊が付かないことに特化した製品もある。主に粘着テープを切る作業に使うなら、そういったはさみを使うのも選択肢の1つだろう。また、刃の内側が抉れた構造なので、刃が面で接触しない。なので結果的に、糊は付きにくいわけで、切れ味を正直に追求することが、機能面にも良い影響を与えたということだ。
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